2021/9/6 8:23

ビッグ・ショーが馬場と遭遇!ジェリコの出演映画は同性愛もの?WWE日本法人解散!どうなる日本公演!

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ビッグ・ショーが馬場と遭遇!ジェリコの出演映画は同性愛もの?WWE日本法人解散!どうなる日本公演!
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9月1日、WWE日本法人解散!


 プロレスの取材は、私見では3つに大別されると思う。もちろん、試合の取材。加えて、オフの期間を利用した、各種インタビュー取材。そして、試合カードや、その他もろもろの発表がおこなわれる、会見取材である。以前も書いたかもだが、この会見取材で、少なからず胸が躍ったのが、WWEのそれであった。基本は、日本公演の何か月か前、同公演の概要を発表するわけだが、会場は基本、一流ホテル。参加する主力レスラーのポートレートを含め、きっちりと用意された取材資料。そして、全米を凌駕するスケールならではか、記者へのお土産が付くのだった。毎回あったので、どの時がどの時だったが、今イチ覚えてないのだが、『SMACKDOWN』と大書されたカッコいいTシャツがお土産にあった際は、サイズがXLだったことに苦笑いしたのを覚えている。もちろん、一律での用意になるわけだから、全記者、これであった。

 まさかの情報が入った。WWEの日本法人『WWE Japan合同会社』が9月1日、解散。9月2日にその旨が布告されたのだ。同社は、WWEの日本公演を運営し、現地、アメリカの大興行の放映イベント(パブリックビューイング等)の開催や、その日本での番組放映の快適化(放送のディレイ短縮など)に尽力してきてくれた。つまり、その解散は、日本のWWEファンにとっては衝撃そのもの。しかし、公式な発表では9月1日に総社員の同意により会社を解散したことと、並びに、その清算の要により、債券者の申し出を募る旨が明かされたのみだった。しからば、日本公演や放映含め、今後のWWEと日本の関係も気になるところだろう。

 今回の当欄は、このWWE Japan解散をテーマにお送りしたい。(文中敬称略)

日本語に大ブーイングの、今世紀初公演!


 言わずもがな、WWEがいわゆるアティテュード路線に変わってからの初の日本公演がおこなわれたのは、2002年の3月1日、横浜アリーナ。WWE主催の日本の興行としては、1994年の『マニアツアー』以来の開催だったが、横浜アリーナ、大阪城ホール、札幌・月寒グリーンドーム、名古屋レインボーホールと巡ったこの時の巡業は、“不入り”。ところがそこから8年、WWE自体も大きく様変わり。2000年にはニューヨーク証券取引所に、プロレス団体としては異例、そして快挙と言っていい上場。日本では、現在も放送を続ける『J SPORTS』が1997年より放送開始。そして、まるでそれに合わせるように始めたアティトュード路線の成功もあった。同路線は、いわば、悪乗りや、お色気と言った、やや品のないプロレスの演出の打ち出し。背景には、テレビ中継の裏で幅を利かせていたもう一つのプロレス団体、WCWの存在があった。こちらの、正統的かつクラシカルなプロレスに対する差異を明確にしたのだが、これが大当たり。人気は今世紀に入っても高い継続を見せ、久々の来日公演となったのだった。

 先立つ来日会見は、豪華そのもの。高輪に今も立つ某高級ホテルの2階の大宴会場を貸し切り展開。ただ、残念だったのは、日本のプロレスマスコミによる質疑応答が、それこそ新日本やSWSがWWE(当時はWWF。この年の5月からWWEに改称。当欄ではWWEに統一)と提携していた時の記憶が残存したそれで、例えば、「日本のレスラーで誰と戦いたいか?」という類の質問が続出。果ては、「バックステージのケータリングではどんなものが用意されるのか?」という、やや意図不明の質問までが飛んだ。筆者はこの時、別室でTAJIRI選手の取材をしたのだが、媒体が情報誌である『YOKOHAMA WALKER』(角川書店)だったため、あくまでWWEを紹介するスタンス。確か、『プロレス』の4文字を出来るだけ使わないよう、また、プロレスラーでなく、『スーパースター』と呼称するようにとのWWEサイドからのお達しがあったと思う。筆者より先に、某専門誌がTAJIRI選手の取材をしたのだが、「IWAジャパンから大出世ですね」「大日本プロレス時代の仲間に一言」など振られ、TAJIRI選手が極めて困惑顔だったのを覚えている。当日の試合には出場しなかったのだが、クリス・ベノワが、日本育ちなことを買われたのか、この時、広報的な役割で来ていたのも懐かしい。馴染みのウォーリー山口と歓談しており、筆者が、「今回は、何か関係するんですか?」と聞くと、「うん、俺、手伝いを頼まれてる」と山口。この時点では筆者も、「あくまで日本仕様になるのかな?」と思っていたのも事実だ。

 ところが、大会については以前も当欄に書いたが、チケットは瞬殺で完売。普段は使わないVIPルームを1席6万5千円で一般客用に売り出すが、こちらも即完売した。それだけではない。取材陣は、1社につき記者1人とカメラマン1人だけという規制がついた。「タダで観れるだろう」と、専門のみならず、一般紙誌の当日の取材依頼が殺到したのだ。そう、WWEは、思った以上に、既にあまたの日本人の心に入り込んでいたのだった。もちろん、通訳は不要。実は出だしのシェイン・マクマホンのマイクの通訳をウォーリー山口が務めたのだが、その瞬間、観客は大ブーイング!「日本語など、要らない」というわけだ。ブーイングの瞬間の山口の苦笑いは、どことなく嬉しそうにも見えた。

 というわけで、現地仕様のWWE公演は大成功。この年の秋には、日本における公式ファンクラブが設立されている。

“勘違い”是正に寄与した、日本法人の設立。


 この大成功より、WWEは定期的に日本公演を開催。そして、2008年1月には、件の『WWE Japan合同会社』が設立されたのだった。言うまでもないことだが、これにより、日本との関係は、より密になった。それまでも、日本のファンとの交流イベントには事欠かず。例えば、2005年7月1日に日本におけるファン向けイベントに出席した、当時、“Y2J”の愛称で知られるクリス・ジェリコは、「ロック様に負けじと、俳優になるなら、どんな役が良い?」という質問に対し、「アダルトビデオに出たいね。そして、日本人の大金持ちの男性と結婚するんだ」とニヤリ。まさに前出の2002年3月の横浜アリーナ大会で、ジェリコはメインで戦ったロックに試合後、マイクで、発音もそのまま、(男らしくない)「オカマ?」と問われた。すると、会場のあるファンが即座にボードに『Y2ゲイ』と書いて掲げ、それがビジョンに大映しになり、場内は“Y2ゲイ”コール一色に。それをしっかり覚えていての軽妙な返答だった。2006年9月21日には、ファン向けイベントを、吉本興業の東京での常打ち劇場『ヨシモト∞ホール』で開催。出席したのはビッグ・ショーとトリー・ウィルソンだったが、ケンドー・コバヤシら、プロレス大好き芸人の乱入にも、ビッグ・ショーはその体躯宜しく、堂々たるもの。ジャイアント馬場の物まね芸人には、(もちろん英語でだが、)「お会い出来て光栄です!」。更に、ケンコバらに乗せられ、「ブドカーン!!(武道館)」と叫ぶ新ギャグを連発。丁々発止のやり取りで、集まったファンたちを爆笑させていた。

 そんな良好な流れに乗ったWWE日本法人設立。成果は冒頭に述べたように、日本公演の主宰や、テレビ放送面での便宜があるのだが、こと、マスコミ向けに対して、より、その認知が広がるような会見を施していたのも確かに思う。それこそ設立当初の会見では、屈指ののWWE好きとして知られる草野仁が司会として登場!(2008年1月10日)マスコミ用の絵作りもあったが、登壇したレスラーに自ら逆水平チョップを敢行。その相手が同技の巧者、リック・フレアーだったことも、(マニア向けではあるが)何とも心をくすぐった。2009年5月29日の会見では、過去、ザ・デストロイヤーと番組で共演したこともある和田アキ子が登場。(えぇ?今のWWEとは、なんの関係もないじゃん)と取材していた筆者は思ったのだが、感心したのはその後。本人自身も言っていたが、この会見への出席が決まってから、WWEのビデオを見まくったそうで、選手名もスラスラと口に。「一分の隙もない、究極のエンターテインメント」と賞賛していた。片手間ではない登壇ぶりに、芸能界のトップで居続けるだけの陰の努力を感じたと言ったら、褒めすぎだろうか。「ストロング・アッコ」のリングネームもマスコミから頂戴し、HHHに贈呈された特製チャンピオンベルトを巻き、「遠い昔、やっていたような気がする」と、リップサービスも忘れぬ和田アキ子だった。2010年7月8日の会見では、テリー伊藤が登場。こちらはプロレス好きでもあるだけに慣れたもので、過去、自らが手掛けたバラエティ番組の演出をWWEに提案。「バズーカから、入場するというのは?」「リングに落とし穴があるかも知れません!」などなど……。WWEならあり得るサジェスチョンを嬉しく思った。

 ファンなら覚えているだろう。日本のキー局主導でWWEの紹介番組が制作された際、WWEに明るくないお笑いコンビやアナウンサーが跋扈し、結果、ファンの落胆や怒りを買ったことを。WWEの日本法人が出来てからは、まさにこういった勘違いのような味付けはなくなり、観て来たように、ゲストの選定にしても、非常に心地良いものとなっていった。そういった部分でも、同法人の貢献はあったと思うし、現在、日本の選手たちがWWEで活躍する道筋の照射に一役買ったと言っても、言い過ぎでないとは思う。

合同会社ならではの、迅速決定。


 今回の事態は、実は今年7月2、3、4日の日本公演が中止になったことから、懸念されていた部分ではあった。既報通り、現地アメリカでは有観客興行も再開させたWWEだが、反面、経費節減のため、ドラスティックなまでの人員削減を施しているのも周知の通り。今回の処置は、その一環と見られる。『合同会社』とあるが、つまり、株式会社ではない。この利点は、定款認証が不要であることなど、初期費用が株式会社よりも安いことや、株式会社と違い、決算報告の官報記載の義務や、役員変更時の定款再登録の必要もないので、ランニングコストも安く済むといったことがある。一方で、経営と所有の分離した株式会社では、経営の意思決定に株主総会の判断も仰がねばならないが、合同会社の場合、『出資者=取締役』なので、迅速な意思決定が可能となる。それは、フットワークを軽くはするのだが、逆に言えば、一声で、今回のようなケースが成立すると言ったことでもある。

 大きく言えば、2008年1月以前に戻った、WWEと日本との関係。先ず思うのは、『J SPORTS』における放送だが、何せ1997年から放送を継続中。同社の人間からは、このWWEコンテンツの人気は、特に近年上昇していると聞いており、それを考えると打ち切りは考えにくい。ただ、日本法人がなくなったことで、もろもろの配信遅れ等の弊害は出るかも知れない。さまざまな情報ツールがある昨今だし、ファン側のリスクヘッジも求められると言ったところか。

 日本公演に関しては、行いそうであれば今回のような対応にはならないだろうし、しばしの我慢と言ったところだろう。逆に言えば、これにより、日本の団体との繋がりが出てこないとも限らない。

 前述もしたが、有観客興行も再開させたWWE。コロナ禍での巣籠もり時代の反動もあり、ファンの反応も上々。その未来は、決して暗くない。世知辛い世情ではあるが、現地からのパワーが、それこそ海を越え、また、具現化することを、願ってやまない。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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