2021/8/2 10:51

全米マットデビュー戦相手は、あの選手!小橋と並ぶ、海外での高評価!IWGP USヘビー級王座挑戦決定!アメリカマットでの棚橋弘至特集!

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全米マットデビュー戦相手は、あの選手!小橋と並ぶ、海外での高評価!IWGP USヘビー級王座挑戦決定!アメリカマットでの棚橋弘至特集!
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8月15日、ロス大会で王者ランス・アーチャーに挑戦!


 プロレスラーでも野球選手でもそうだが、海外から入ってくる選手のプロフィールには、眉唾というか、大袈裟なものも多い。UWF系プロレスや、それに付随した立ち技格闘技が跋扈した80年代下旬から90年代にかけては、『欧州空手家No.1』という謳い文句の選手がかなりいたし、同様に、野球に関しては、山崎武司選手の言われた以下の分析が印象に残る。「よく、『どのポジションでも守れる』ってアピールしてやって来る外国人野手いるけど、そう言う人は、大抵、1塁しか守れないよね(笑)」

 2011年5月、新日本プロレスのアメリカ遠征でも、こんなことがあった。ニューヨークにてチャーリー・ハースを相手にIWGPヘビー級王座を防衛した棚橋弘至が、直後にマイクで大アジテーション。マイクで、「ドゥー・ユー・ノー・『アイシテマス』?『アイシテマス』・イズ・ナンバーワン・ホット・ワード・イン・ジャパン!」とし、アメリカの観客を乗せる形で、『愛してま~す!』を合唱させたのだ。そして試合後、コメントルームで、棚橋は言った。

「『ナンバーワン・ホット・ワード』とか、嘘ついちゃった……」

 その棚橋に、捲土重来の時が(?)訪れた。7月28日(日本時間。以下同)、AEWのシャーロット大会で、ビデオメッセージに登場。IWGP USヘビー級王座への興味を口にすると、「ちょっくら取らせていただきます」と挑戦を宣言したのだ。

 これを受け、新日本プロレスも、8月15日、アメリカ・ロサンゼルス大会での同一戦を決定。既報通り、7月25日には、欠場した飯伏幸太の代打でメインのIWGP世界ヘビー級戦に緊急出場。王者・鷹木に敗れたものの、名勝負を繰り広げた棚橋。ここに来て、完全に風が吹いていると言って過言ではないだろう。

 今回の当欄は、復習がてら、アメリカマットでの棚橋弘至を特集したい。

全米マットのデビュー戦相手は、あの選手!


 今年でデビュー22年目になる棚橋だが、アメリカマットへの登場は2006年の1月16日。TNAのオーランドでのPPV大会だった。それ以前に、ロス道場でのジミー・アンブリッツ戦もあったが、こちらはご存じのように新日本プロレス自前の施設であり、全米デビューと言えば、こちらのTNAの日付を挙げてよいと思う。カードが凄い。なんと、AJスタイルズとのシングルマッチだったのだ(惜敗)。そもそも、海外遠征への憧れが強かった棚橋。これは、昔の新日本のヤングライオンたちが、おしなべえて海外修業を経験。ところが自身がヤングライオン時には、既にこのような暗黙のシステムがほぼなくなっていた。「いまさらアメリカに行っても、学ぶものなどない」という見地もあったが、研究熱心な棚橋としては、やはり経験しておきたかったのだろう。だが、日本で揉まれた棚橋の技量を、むしろアメリカのレジェンドレスラーが放ってはおかなかった。

 2009年4月5日、棚橋と両国国技館で一騎打ちをおこなったカート・アングルは、前日会見で、棚橋をこう評した。「これまで色んな選手と闘ってきたが、タナハシは間違いなく“日本版のショーン・マイケルズ”だ。ショーン・マイケルズの全盛期と同じぐらいのレベルだ」実はこの後、「そのショーン・マイケルズに、私はレッスルマニア21で勝っている」とコメントは続くのだが、ショーン・マイケルズと言えば、これまたWWEのレジェンド。棚橋自身、「今まで言われた中で、最も嬉しかった評価の一つ」と語っている。

 そして、この2009年時点でのアメリカマット登場は、初登場以降は2008年10月のこれまたTNA遠征と、少ないながら、棚橋はアメリカでの認知も広めていく。試合動画や、日本での評判が海を越えて伝わり、本人の預かり知らぬところで、評価はグイグイ上がっていたのだ。

小橋と肩を並べる栄誉!


『Wrestling Observer』。アメリカの歴史あるプロレス専門誌の一つで、ファン向けというより、どちらかというと業界人向けの内容だが、こちらが一年に一度、古来よりおこなっているのが、各レスラー、団体を取り上げたランキング。MVPやベストバウトはもちろん、最良の団体(プロモーション)なども選定されるのだが、そのランキングに、棚橋はデビュー4年目の2003年に早くも登場。部門は『MOST IMPROVED』(最も成長したレスラー ※拙訳。以下同)の、ベスト10以降、つまりは次点扱いだったが、以降、棚橋は日本での活躍とともに、同誌のランキングの常連になっていく。翌2004年には『MOST IMPROVED』の4位、翌2005年には中邑とのタッグが『TAG TEAM OF THE YEAR』の10位、2007年には同誌のMVPにあたる『ルー・テーズ、リック・フレアー賞』の3位に。以下、2009年には2位、2011年には何と1位、つまりはMVPに。その後も、2013年まで、3年連続で1位。実は日本人では小橋建太が2003年から2005年まで、このMVP3年連続受賞を果たしており、唯一の栄誉ではないのだが、日本のみならず、世界での業界の顔となったのは間違いなかった。同誌にはミニコミ誌的な側面もあるとは言え、いわゆるマニアたちがこの評価を無視するはずもない。冒頭にある、2011年の新日本のアメリカ遠征も、やはり注目は棚橋(もちろん試合はメイン)。以降、棚橋はアメリカで、そのカリスマ的人気を高めて行った。

エアギターもアメリカ興行の定番!


 2016年5月、ニューヨークでのROHとの共催興行では、リングで相手のマット・サイダルと対峙しただけで、観客から「This is Awesome!」(素晴らしい!興奮してる!の意)のチャントが。同年8月のROHラスオペガス大会では、メインの試合後、ファンから「エース」コールはおろか、「レスリング・ザ・ワールド」コールも。「愛してま~す!」の合唱はもちろんだが、エアギターの披露も。2019年4月には、新日本プロレスとして初のMSG大会がおこなわれ、もちろん参加。同年7月には『G1 CLIMAX』開幕戦がテキサス州ダラスで行われ、メインは何と棚橋vsオカダ。結果は惜敗も、試合開始のゴング直後から、歓声が鳴り止まなかった。同年9月下旬のニューヨーク、及びフィラデルフィア大会では、伝説のアイドル・タッグ、ロックンロール・エキスプレス(リック・モートン&ロバート・ギブソン)とトリオ、及び、12人タッグを結成。後者のフィラデルフィア大会では、先方のチーム名宜しく、3人でエアギターを披露している。来日当時の同タッグチームがエアギター・パフォーマンスをしていたわけでもないのだが、超ベテランの2人もこの棚橋の粋な計らいに大喜びだった。

 だが、ここに来て、一種、棚橋の役割が変わってきたことに気づく。本人自体がそれに気づいたのは、2018年7月のサンフランシスコ遠征だった。

「立て直しただけでは終わらない!」


 この日、第3試合のタッグマッチを戦った棚橋だが、パートナーのKUSHIDAがフォール負け。試合後もノーコメントだった。だが、現地で個人取材を受け、こう語った。

「今日だって第3試合ですからね。この後、何試合あるんだってことですよ。テレビ中継の解説の方もいろんなメディアの方も「新日本プロレスを立て直してくれて、ありがとうございました。大変でしたね」という切り口で自分のことを評価してくれている部分があって、それはとてもうれしいことなんですけど、自分からすると産卵を終えたシャケのような気分なんですよ。「立て直してくれてご苦労様でした。あとは大丈夫だからね」って言われてるような」(『RollingStone web』より)続けて、こうコメントしている。

「僕からすると、(アメリカでの)これだけの舞台を作るために今まで頑張ってきたんだから、まだまだ終わらないぞ!という気持ちです」

 雌伏の時を経て、遂に盛り返しの時が来た。昨今の新日本プロレス勢のアメリカでのシングル戦は、5月にIWGP US戦でジョン・モクスリーに永田裕志が敗退。6月には小島聡がIMAPCT WRESTLINGでジョー・ドーリングに敗れている。そろそろ海の向こうからの朗報が欲しいところだ。棚橋の吉報に期待したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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