2021/3/17 18:18

マッスル坂井もビックリの初陣!あの小池百合子さんも激励!?またも大麻で!再逮捕・鈴川真一。

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マッスル坂井もビックリの初陣!あの小池百合子さんも激励!?またも大麻で!再逮捕・鈴川真一。
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3月11日、報道によって明らかに。


 プロレスと能をモチーフにしたTBSドラマ『俺の家の話』については以前、本稿でも特集させて頂いたが、その後も作品の評価は上々。プラス、現実のプロレスとの関りも話題となっている。その一つが、主人公のモデルが、スーパー・ササダンゴ・マシン選手なのではというもの。一度、家業を継ぐために引退するが、復帰するという流れが、他のディテール含め、同選手の成り行きに似ているというものだった。これは憶測に過ぎなかったようだが、素顔である、つまりはマスクマンになる前のマッスル坂井選手の引退を回顧し、当時、記事にはしなかったが、思い出すことがあった。マッスル坂井は、2010年9月26日、まず、DDTでの引退試合をしたのだが、その試合後、コメントルームで、終盤、突然、こう言ったのだ。

「ところで昨日(衛星放送のプロレスニュースで見た)、鈴川さんのセコンド、凄かったですね~」

 瞬間、記者陣から苦笑いが起こった。坂井のDDT引退のまさに前日、鈴川真一がIGFにてプロレス・デビュー。その時のマスコミ陣とほぼ同じ面子が、この日のDDTも取材に来ていたのだ。詳細は後述するが、苦笑いは、まさに記者たちも、マッスル坂井と同じ感懐を持っていたことを物語っていた。「両方とも、逮捕されちゃっててね~」(坂井)。確かに、鈴川も、セコンドの1人も、逮捕歴があったので、追い討ちのブラックジョークに、こちらも苦笑を続けるしかなかった。

 鈴川真一が、再逮捕されていたことが11日、明らかになった。8日、東京は豊島区のJR池袋駅構内で、挙動不審な鈴川に気づいた警察官が、職務質問しようと接近。すると、鈴川は所持していた大麻を砕くための器具を床に投棄。鈴川は「(器具は)自分のものではない」としたが、警察官が器具を調べ、大麻の付着を確認。逮捕に至ったという。本人は犯行を否定しているとの情報もあるが、容疑が事実なら残念なこと、この上ない。前出のように鈴川は1度、逮捕され、その時の生業だった大相撲を廃業。そこから再起をかけての現在のプロレスラー活動だったためである。

 今回の当欄は、この鈴川真一を取り上げたい。

鍛錬ぶりを超えた、強心臓ぶり。


 筆者が最初に鈴川を取材したのは、2010年の8月11日。場所は東京・高円寺にある『スネークピットジャパン』。ご存じ、元UWFの宮戸優光が営むジムである。ここで鈴川は、約1カ月半後、猪木率いるIGFのリングでプロレスラーとしてデビューするための修行を続けていたのだ。

 見れば大相撲で活躍していた時とは違い、腹もへこんだ完全なレスラー体型。それもそのはず、力士時代の平均体重である140kgから、「現在は115~120kg」(鈴川)。約20kg以上も絞っていたのだ。ただ、それよか印象に残ったのは、その綺麗なブリッジだった。筆者の中に、角界出身者は、ブリッジが苦手という先入観があったのも否定しないが、後日の、宮戸さんの以下の言葉が思い出される。「鈴川は相撲が弱くて辞めたわけじゃない。現役のまま来たわけですから、今までの相撲出身レスラーとは全然違うという認識を報道陣の皆様にも持っていただきたい」。そして、そのフィジカル面以上に筆者を驚かせたのは鈴川真一、その人の強心臓ぶりだった。

 この、最初の取材でこそ、「猪木さんの言葉の中で、心に残るものは?」と問うと、「『道』ですね。行けばわかるさ……」と返し、宮戸に苦笑いされていたが(※定番のセリフじゃないかいう含意と思われる)、プロ初戦の相手がマーク・コールマンに決まると、「コールマンがなんだって話ですよね。ビンタでフラフラにさせて、顔面の上で四股でも踏んでやろうかな?」(2010年9月13日)、2戦目の相手(モンターニャ・シウバ)を発表する会見では開始直前、いきなりドアの外に退出。同席した宮戸が、「おい、どこに行くんだ?」と問うと、「タオル、一本(持ってきて)いいですか?」(同年10月19日。汗をふくため)。そして、前後するが、2010年の9月25日のデビュー戦でコールマンを下し、コメントルームに現れると、第一声は、「冷たい水、ないの?」。なんとも規格外な感じで、どちらかというと、ユーモラスにも映ったのだが、この時、伝説のやりとりが行われる。そう、冒頭でマッスル坂井が話題にしてたセコンド、ラッパー集団『N』を含めたやりとりである。

佐山サトルが激怒した事件!


 異変は試合前からあった。『N』とともに入場した鈴川に大声援が。ところが、よくよく聞くと、「殺せ!」などの物騒な野次も。それも、会場のJCBホール(現TOKYO DOME CITY HALL)の向かって右側の第一バルコニーに集中している。後からわかったのだが、これが鈴川、ないし、『N』の仲間たちだったのだ。

 そして、インパクトを残したのは先に言った通り。試合後、コメントルームに現れた鈴川に付き添ったラッパー集団だが、最初は、「次はもっと強い奴とやりたい」「(相手の)心を折れたんじゃないかな?」と淡々と話していた鈴川に、まさにラッパー口調で割り込み始めたのだ。

ラッパー「浮かれてたから(コールマンは)足下すくわれただけだぜ、メーン?こいつが真の闘魂の伝道者だから(中略)。ヤツがオールドスクールすぎただけでしょ。こっちはブランニュースクール、メン!要チェック、メン!This is 鈴川真一」

――「リングと土俵の違いは?」

鈴川「席が凄く近い。力をもらえます」

ラッパー「こいつの仲間は今日300人来てるぜ。それがストリートで生きてきた証って話。本物だって証拠、you know?」

鈴川「今日もみんな闘魂カラーで、俺らの仲間……」

ラッパー「こいつが命がけで闘魂背負うって言ってるから間違いない、イエ~イ。(中略)もっと強いヤツ連れてこいって話でしょ」

別のラッパー「間違いねぇ!」

また別のラッパー「弱すぎるだろ、今日の相手!」

鈴川「日本人、舐めるなって」

ラッパー「日本人、分からせただろ。行こうぜ。お前、疲れてるんだろ。(カメラマン及び記者に)いい加減にしやがれ、撮り過ぎだろ!」

別のラッパー「イエ~!鈴川真一、way go―!!」

ラッパー「これから日本のプロレス界を背負うのはコイツ、闘魂背負うのがコイツだよ、伝道者がコイツ、コイツがリアルなんだよ!」

 退場すると、記者はその時、7人くらいいたと思うのだが、思わず顔を見合わせたのを覚えている。まさに、嵐が過ぎ去ったようだった。坂井さんも話題にしたがるわけである。この前日、『アントニオ猪木酒場』で行われた前夜祭で、この集団が、コールマンに恫喝さながら、挑発行為をしていたとも聞いた。筆者としては、そちらにさっぱり明るくないためか、(本当にこんな風に、ラッパーぽく喋る人たちがいるんだ!)と、ただただ圧倒されたのだが、周囲はこの事態を放っておかなかった。同集団の無礼さと高圧的な態度に、当時、参戦もしていた、佐山サトルが大激怒。以降、セコンド行為等、禁止されたのだった。さすがは礼を重んじる佐山だと、これまた感心したものである。「胸が透く気分でしたよ」と、S紙の記者も言っていたのが思い出される。

 とはいえ、鈴川の勢いが止まったわけでもなかった。K-1やPRIDEの大物も参戦していたIGFだけに、次々と大物と対戦。デビューして1年経たず一騎打ちしたピーター・アーツには惜敗も、「何度も立ち上がってきて、大きなハート感じた」と言わしめた。この年(2011年)の暮れには、『プロレス大賞』の新人賞も受賞。選考委員の内館牧子は、「良かった。大相撲時代から注目していた存在だ。プロレス入り前にはいろいろあったからこそ、彼の頑張りを素直に喜びたい」と讃えた。バラエティ番組での相撲トーナメントでは、エメリアーエンコ・ヒョードル、ビッグバン・ベイダー、安田忠夫を下して優勝(2012年3月25日放送。テレビ朝日『クイズ☆タレント名鑑最終回2時間SP~第3回史上最大ガチ相撲トーナメント』)。そして、2012年の大晦日にミルコ・クロコップとの一騎打ちが決まると、ミルコは言った。「私は元警察官。彼を逮捕する」鈴川も応じた。「警官は大嫌い。必ず倒しますよ」。過去の逮捕歴をネタに出来るほど、プロとしては躍動していたのだが。そういえば、鈴川がデビューしたての時の、猪木への囲み取材が思い出される。「鈴川を修行に出してやりたいんだけど、アメリカのビザがおりない」(2010年10月20日)。結局、修行先はオランダをはじめとする、ヨーロッパ諸国に。鈴川の1回目の逮捕も、今回と同じ、大麻所持疑惑によるものであった。

角界の温情に泣いた鈴川。


 事件が起こったのは2009年の1月30日。東京・六本木のCD販売事務所を家宅捜索したところ、鈴川がおり、机の上の大麻を下に隠そうとしたという。そして、この事務所の経営者Sも、同じく大麻所持で逮捕された。この経営者こそ、先のラッパー集団の中心人物であった。

 当時、力士であった鈴川。中学卒業とともに角界入りし、2004年には十両に昇進。同年9月5日の昇進祝賀会では、同じ兵庫県出身の小池百合子(当時)環境相から、「心技体共に、大きく育って」と激励されている。2005年に右ヒザの靭帯を損傷も、金属のプレートを入れたその足で不屈のカムバックを見せ、2007年には入幕。最初に所属した押尾川部屋の押尾川親方から、現役時代の四股名、大麒麟を彷彿とさせる、若麒麟の四股名も頂いた。入門以来の番付を校長室に貼っていた中学時の校長も大喜びしたという。事件を起こした鈴川は、「親方に申し訳ない」と一点張り。逮捕当時の部屋の主である尾車親方が事件を知ったのは、テレビの速報テロップでだったという。

 角界から除籍という話もあった鈴川だが、力士で言う退職金である養老金が貰える、解雇処分に。「まだ25歳と若く、取り組みでも頑張っていた。除籍は可哀そう」という判断で、理事会では満場一致で可決されたという。鈴川はだが、自筆の手紙を弁護士を通じ、理事会に提出。「お世話になった世界に、大変な迷惑をかけてしまった。自分は除籍されても仕方のない人間。退職金を受け取るわけには行きません」。弁護士によれば、手紙をしたためる時は、泣いていたという。

 実は、鈴川が初めてプロレスを観たのは、2010年5月のIGFの大会での生観戦。鈴川の復帰の場を設けたく思った、猪木の計らいでもあった。それまではテレビでもプロレスを見たことがなかったという。まして、連戦に次ぐ連戦というわけでもなく、戦うのは純然たる格闘家も多いIGFの生え抜きである鈴川は、その素地含め、かなり異質のレスラーでもあった。だが、ストロングスタイルを標榜するIGFをある意味象徴するような選手だったと思う。IGFと猪木が離別した時、結局は猪木の元に戻ってきた。「(自分を救ってくれた猪木)会長に、弓を引くわけには行かない」と言ったその言葉が忘れられない。

 再犯、再逮捕という事実は重い。今は自身がその重みを今一度感じ入るよう、祈ってやまない。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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