2020/8/23 11:22

『UWF』の3文字は、他では使えない!? 長州が手放しで絶賛した、あのエース!どうなる?新団体『GLEAT』特集!

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5.0

10月15日、後楽園ホールで旗揚げ戦!


 手前味噌で恐縮だが、またも、UWF系の書籍、2冊を現在、お手伝いさせて頂いている。発売は今秋で、いずれもインタビュー(もしくは対談)集と言った趣だが、改めて思うのは、「UWFものは、売れる」ということ。最初に携わったのは、UWFを冠にしたムックだったが、校了直前に、UWFの精神的支柱と言っていいカール・ゴッチ氏の訃報が入って来たので(※ゴッチ氏は2007年7月28日に逝去)、大急ぎで同氏の写真を揃えたのを覚えている。そして、こちらが妙に良い売上を残したのである。それを、出版界の先人に申し上げると、こう言われた。「それは非常にわかる気がするな。尾崎豊と一緒で、一瞬のうちに煌めいて、消えた。UWFには、そういう伝説感があるから」。この見方が合っているかどうかは別にして、それから約10年後の2017年5月には、当時の本欄でも触れたが、UWF戦士たちの証言集が複数冊に渡って刊行。こちらが始まった経緯は少々面白く、事前に、『1984年のUWF』(柳澤健さん著・文藝春秋刊)が発売。いわゆる、初代タイガーマスクこと、佐山聡をやや独善的にフィーチャーした内容だったのだが、その内容に、某出版社の編集者が怒り始めたのである。そして曰く、「こちらで反論本を出しましょう!」結果、佐山以外のUWF選手を取材しての証言集となったわけだが、「そのための資料」として、前出の柳澤さんの書籍が、当時、携わったライター全員に送付されていたことに、何とも本気度を感じたものである。余談だが、その編集者は、筆者と同じ、1970年代生まれ。この年代だと、UWF好きの方が、かなりの確率でいる印象もあった。

 8月20日、新団体の設立が発表された。その名は『GLEAT』。以前、プロレスリング・ノアのスポンサードをしていたリデットエンターテインメント社が仕掛けるものだが、ここで、久々のUWFの三文字が聞けた。同団体のエグゼクティブディレクターに、田村潔司が就任。「僕の理想は格闘プロレス、『THE UWF』。UWFっていう言葉自体を残したいし、歴史にしていきたい」と語ったのである。00年代からのファンにとっては、やや古式めいた響きも感じるだろう、UWFという言葉。プラス、まだ発表されたばかりだけに、同団体がまだまだベールに包まれている感もあろう。役員に名を連ねるカズ・ハヤシ、NOSAWA論外、同オブザーバーである長州力という名も、どう作用していくのか、未知数ではある。

 今回の当欄は、特にこのUWFという視座から、『GLEAT』の道行きを探ってみたい。

解散、分派後も多い、UWF同窓興行


 昨年7月、総合格闘技イベント『RIZIN.17』内でのことだ。第6試合で川尻達也がアリ・アブドゥルカリコフに判定勝ち。バックを取られた川尻が、それをアームロックで切り返した展開が勝利に寄与した感があったが、これについて試合後聞かれると、川尻はズバリ、「Uスタイルです。僕、Uが大好きだったので」。よく言われることだが、現在の総合格闘技というジャンルを隆盛、もしくは認知させる、その嚆矢になったのがUWFだった。

 団体は、第一次UWF(1984~85年)、第二次UWF(1988~90年)と分かれ、いわずと知れた格闘スタイルを標榜。その後、第二次UWFがリングス、UWFインターナショナル(以下、Uインター)、藤原組の3つに分裂。さらにその後、Uインターの後発団体、キングダムや、藤原組から主力が抜けてのパンクラスの設立もあり、これら、いわば孫団体も“U系”として、あくまで広義にはくくられよう。しかし、ファンがどこまでを“U系”と見ているかと言えば、件の分裂した3団体までとは思う。よって、第二次UWF、及びこちらでの主力が集っての興行は、実は断続的におこなわれて来た。

 1998年、藤原喜明、安生洋二らが参加した、『U-DREAM』(12月11日・富山市体育館)、2011年、元Uインターの金原弘光のデビュー20周年を記念し、Uインター勢はもちろん、元藤原組の冨宅飛駈、パンクラスの高橋義生も参加した『U-SPIRITS』(11月16日・後楽園ホール。2年後にも『U-SPIRITS again』として開催)。2015年には悪性李リンパ腫と戦う垣原賢人を救うために『カッキー・エイド』(8月18日・後楽園ホール。その後も開催)、2018年には、リハビリに励む髙山善廣を支援する『TAKAYAMANIA EMPIRE』(8月31日・後楽園ホール。翌年も)等々。単なる同窓会や支援興行と言うなかれ。そこには、U系団体に賭けた選手たちの余りにも熱い思いが息づいていた。

『U-SPIRITS』で、「(早世した)ゲーリー・オブライトはもういないけれど、生きてたらこのリングにいただろうから」と、オブライトの必殺技、ジャーマンスープレックスで試合を決めたダン・スバーン(※共にUインターの常連外国人)。『TAKAYAMANIA EMPIRE』におもねり、その半月前に計画していた『カッキーエイド』開催を中止しようとしていた垣原は、「どうして一緒に盛り上げようと思わないの!?」という愛娘の一言で、開催を決意(※大会名は『カッキーライド』)。自らもリンパ腫から立ち上がる姿を見せようと、リング復帰。鈴木みのるとの一騎打ちに挑んだが2分も持たずに完敗。その垣原に、「その程度の力で、何を与えるんだよ!」と悪態をつき、半月後の『TAKAYAMANIA EMPIRE』では、ビデオメッセージを送る高山に、「寝てばっかのくせに(中略)。てめえのとどめは俺が刺してやる!」とした鈴木みのるの憎まれ口も、なんとも胸に迫った。

 だがしかし、大事なことがある。これらの興行に、田村潔司は一切、参戦していないのである。

長州、カズ、論外の役割は?


 本人のスタンスと言えばそれまであろう。ただ、上記の大会に、UWFの3文字が使われていないことは、注視したい。『UWF』の商標は、実は田村が保有している模様なのである(※商標登録5693521号『UWF』。因みに、『U.W.F』では、宮戸優光が所有)。もちろん、田村選手側の事情があったことも考慮した上で、ノーサイドでの同舟や人助けを旨とした上記の大会において、「こういう時にも、(UWFの名称使用を)許可してくれないとは……」という、元UWF選手の困惑を直接、筆者が聞いたことがあることは、付記しておきたい。

 よって、新団体への元UWF戦士の参戦は、一部には考えにくい面子がいるのは事実に思う。とはいえ、自身の主宰大会、『U-STYLE』では、高阪剛や坂田亘と名勝負を展開していた田村。その内容も、一種の畏怖を感じさせるほどの高レベルだったが、それだけに、田村と同レベルの試合が出来る選手は、それほどはいないだろうという心配もある(※本人が試合をするかどうかは別件であるが、もし他の選手同士であったとしても)。

 そこで、注目したいのが、リデット社とNOSAWA論外。前述の通り、リデット社はノアとの知己があるし、論外も人脈が豊富な人物。自身の興行において、海外のレジェンドですら何度も招いている実績がある。ノアのラインからは、腕に覚えのある杉浦貴やケンドー・カシン(フリー)らがもし参戦すれば、リング上の内容も濃くなることだろう。

 反面、長州とカズ・ハヤシは、これまたUWFとは違うスタイルの持ち主。余り人を褒める印象のない長州だが、過去、苦労して来た選手(真壁刀義や高岩竜一)にねぎらいの言葉をかける以外で、手放しで絶賛していた選手もいる。それが棚橋弘至。「もう……完璧なレスラーですよね」と2009年の『G1 CLIMAX』の田中将斗戦の際、テレビ解説でベタ誉めしていた。言っているのが長州であるし、棚橋は、少なくとも長州の後進たちにはいないタイプだけに、非常に珍しく感じたのだが、カズ・ハヤシも、やる試合やる試合名勝負を生み出せるタイプゆえに、この2人に底流するものは似通うと見る。UWFスタイルと、盤石のプロレススタイル。先ずはこの2本の柱を立てられるかが、新団体の鍵となるのではないだろうか。

 そういえば、元Uインターの取締役であり、実質的に団体の代表だった鈴木健さんが、元新日本プロレスの関係者と会食した時だ。両団体はご存知の通り、1995年10月、全面対抗戦で激突し、半年後のには交流も実質消滅したが、それを肴に、こう言っていた。「あのままさあ、特に若手を中心に、ウチと新日本が闘い続けてたら、お互いの良いところを吸収して、凄いものが生まれたと思うんだよね」

 その時、Uインター側ながら、不参加だったのが田村で、それをなじったのが新日本側の長州だった。時を経ての呉越同舟は、新たな融合を生み出すのか、注目したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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