2020/2/25 10:16

棚橋が無観客で試合?! 巌流島決戦、無念の生観戦失敗理由とは?! スターダムが決定!無観客試合特集!

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棚橋が無観客で試合?! 巌流島決戦、無念の生観戦失敗理由とは?! スターダムが決定!無観客試合特集!
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3月8日、後楽園ホールで無観客試合!


 つい先日のことだ。馴染みの編集者が、武藤敬司の対談インタビューを取ろうと、こちらもある有名プロレスラーに打診した。聞くと、今は佐賀にいるという。「じゃあ、早速、飛行機に乗って、東京、行きますよ」そして、翌日、武藤との対談を終えると、そのまま佐賀まで帰って行った。大仁田厚さんであった。

 今回、インタビューしたのは筆者ではないが、大仁田さんとの出会いについては過去、本欄で書いたこともあると思う。どうにも“いい人”なのだ。少しやっかみを入れれば、“人たらし”である。それで思い出す出来事があった。

 1990年6月25日、夢の島総合体育館で、弟分と言って言いターザン後藤との試合を両者KOで終えた大仁田が、御多分に漏れず、大流血しながら、言ったのである。「ファンに、結果を伝えに行かなきゃ……」実は同試合は、無観客試合。にもかかわらず、体育館の外に、試合を見れぬ状態ながら、数10人のファンが集まっていたのだ。無観客試合にした理由は、後藤とは言わば“私闘”となり、客に見せられるものにならないという理由から。にもかかわらず、集まってくれたファンに結果を伝えに行く大仁田の姿を見て、この日の試合にマスコミ代表として立ちあった『週刊ゴング』編集人の竹内宏介さんは、後年、こう仰っていた。「あの、健気な姿ですよねぇ。あれを見て、『こういう男にトップになって欲しい』みたいに思ったのは事実ですね」大仁田とFMWが電流爆破マッチでブレイクしたのは、この1ヶ月半後のことだった。

 昨秋のブシロード・グループ入りから躍進が続くスターダムを、意外な苦難が襲った。当欄で先々週も取り上げた新型コロナウィルス感染騒動の余波により、2月19日から3月14日までの興行及び自団体のイベントを中止。3月8日の後楽園ホール大会を、無観客でおこなうことが決定したのだ。

 冒頭のように、さまざまな理由、背景から生じ、それが故に、もろもろのドラマを生んで来た無観客試合。今回の当欄はこちらを検証し、その意義まで辿ってみたい。

無観客だからこそ観たいファンの熱意!


 先ず、日本のリングにおいて最初かつ、最も有名な無観客試合と言えば、1987年10月4日、巌流島におけるアントニオ猪木vsマサ斎藤。今では、最初にこのアイデアを出したのが、藤波辰爾であることはよく知られるところだが、言ってみれば猪木がこれを流用。実現の主因として、当時のテレビ朝日の特番(特別番組)の枠が取れるほどインパクトが大きかったことを、当時の関係者が明かしている(翌5日、月曜の19時から21時まで、ゴールデンタイム枠で録画中継)。無観客試合なのでゲート収入をあてに出来ず、猪木、斎藤をそれぞれ応援する幟を、主に企業に買って貰うことで経費を捻出。ところが、どんな時でも、やはり生で観たい層はいるものである。無観客と聞けば、なおさらだろう。当日が日曜日だったこともあり、巌流島の対岸(下関市)には、多数のファンが双眼鏡片手に集結。自宅がこちら近くにあるファンが、その2階の窓から天体望遠鏡を巌流島に向け、覗く姿も。因みに、この時、好スポットとして知られたのが、下関市内の『ひまわり台分譲住宅地』。多少、高台になっており、巌流島を見下ろすように視認出来た。約30人のファンがここから双眼鏡片手に観戦したという。

 ところが、思いも寄らない事態が。試合は一応、「日の出から」となっていたのだが、猪木も斎藤も、それこそ本家の宮本武蔵vs佐々木小次郎を意識したのか、午前中はまるで島には現れず。結局、試合開始は午後4時半に。試合はそこから2時間5分14秒に及んだ。そして、当時のデータを出してみると、この日の日没は午後6時。試合はかがり火の中おこなわれ、幻想的だったが、離れた対岸のファンにとって見れば、この光量では焼け石に水。「後半は真っ暗で、まるで試合が観れなかった」とは、往時のファンの述懐である。

 冒頭の大仁田vs後藤で、会場外にファンが詰めかけたのは先述の通りだが、この時は開始直後に2人とも会場の外に出て、文字通りの場外乱闘を展開。駆け付けたファンが狂喜したのは言うまでもない。他、会場内のリングで大仁田が4の字固めを食らい悲鳴を上げると、どこからか聞きなれた声が。会場外のファンが懸命に「大仁田」コールをしているのだった。時のファン達の熱さをものがたる。

 1992年6月30日には、天下分け目の決戦地として知られた関ケ原で、大仁田とタイガー・ジェット・シンが激突。この試合は、同年の6月25日に、シンがFMWを急襲したのがきっかけで急遽実現。「FMWに上がる決意を見せろ」と、大仁田が無観客での電流爆破マッチを要求したものだが、決定から試合まで5日しかなかった。今、考えると、これは上記のように、ファンが詰めかけるのを防ぐ意味合いをあったのではと思ったりするのだが、それにしても、余りにも急な大きな道具立てでの無観客試合実現を、当時、奇異に思ったのも事実である。(儲けは?)(試合の模様は?)などと、ファン時代の自分なりに悶々と考えていると、びっくり。決戦4週間後、TBSの2時間枠の大型エンターテインメント番組「ギミア・ぶれいく」で、大仁田特集の一環として同試合が放送されたのである。同局もこちらの実行にかかわっていたのだろうと思われる。次の機会に、ぜひ大仁田さんに聞いてみたい。

00年代に入り、無観客試合の意味合いに変化も。


 以上は、「無観客試合のみ」のケース。というのは、以降、以下のケースの無観客試合が増えて行くのである。それは、「開場前の、客を入れてない会場を使っての無観客試合」。1993年10月21日、草加市健康都市スポーツ記念体育館での大仁田vsグレート・パンクや、2008年9月20日、京都KBSホールでのドン・フジイvsYAMATOが好例。前者は、本隊を裏切ったパンクに大仁田が制裁を申し出たもので、午後5時18分に開始され、一方的に大仁田が攻める試合内容で、9分53秒、試合不成立に(なお、本来の試合開始は午後6時半)。後者は抗争を続けていた両者の決着戦で、午後4時に開始され、28分32秒、フジイがYAMATOをグラウンド・コブラから3カウントに仕留めている(なお、本来の試合開始は午後6時)。

 2つとも試合前ゆえ、マスコミが取材していたのはもちろんである。しかし、前者が私闘めくのに対し、後者は、フィニッシュも含め、プロの矜持を感じさせる攻防に。実はこちらは、時代の流れ、及び違いも含有していた。

 後者の試合は、DVD収録など、観客へ目に届く配慮もなされていたのだ。いわゆる、動画撮影、並びに配信の類である。

経験した、棚橋の一言


 今回のスターダムも、件の後楽園ホール大会をYouTubeで無料生配信するように、このフォーマットが、無観客試合の趣旨をも変えた感がある。2010年には、ストリーミング配信のみの団体『19時女子プロレス』が誕生。観客を入れずに、試合のみ中継するスタイルだったが、視聴者数は初回から2,000近くとなり、新たな可能性を感じさせた。2014年5月には、天龍プロジェクトで、拳剛とドラゴンJOKERがノーピープルマッチで激突(ニコニコプロレスチャンネルで生中継)。さらにこの生中継スタイルを存分に利用した無観客試合が、DDTの東京ドームにおける鈴木みのるvs高木三四郎(2017年6月1日)。アジャ・コングによる国家斉唱から始まり、東京ドーム内を舞台に、神出鬼没の他選手を含め、縦横無尽に乱闘が展開。伊橋剛太が現れる度に鈴木みのるに蹴られ“階段落ち”をしたり、ビールの売り子として登場した赤井沙希がみのる、高木を蹴散らし、同じく現れた里村明衣子はなぜかみのると野球で対決。(本当の)グラウンドでの関節技も、塁に手を伸ばせば「セーフ」となる趣向の果てに、ホームベース上でのゴッチ式パイルドライバーで、みのるが勝利。2012年のDDT・日本武道館大会の時点で、「5年後の東京ドームで鈴木みのるとやりたい」と言っていた高木だが、日付が来てみてば、無観客での試合に。だが、まさにDDTらしさを爆発させ面目躍如となった。

 因みに、この、ネットによる動画配信体制が人口に膾炙していたとは言い難い2004年3月28日、無観客試合に挑んだのが誰あろう、棚橋弘至。遺恨のあった村上和成との決着を、都内某所での金網マッチで挙行。同試合は、まさに当日おこなわれていた新日本プロレスの両国国技館大会の試合合間に、会場に据え付けられたビジョンで生中継されることになったのだ。ユニークな趣向であるし、別の場所からの中継なら、金網を設営&撤去する時間も省けるなという、比較的前向きな気持ちで観ていた筆者だが、観客の反応はさっぱり。試合は大流血戦の末、棚橋がKO勝ちしたが、歓声らしきものが沸いたのは、レフェリー・山本小鉄が試合を進展させようと、怒号を上げた数カ所のみだった記憶がある。そして、試合後、棚橋は言った。

「観客のいないプロレスは、プロレスであってプロレスじゃないみたい。プロレスはお客さんがあってのもの。そのありがたみを感じた」前出のフジイも、YAMATOを下した後、こう述べている。「精神的に参った。お客さんの大切さを痛感しました」……。

 今回のスターダムの処置は、団体側に咎はない、むしろ観客の安全を鑑みた、やむを得ない形の無観客試合。だからこそ、戦う選手たちは、感知するものが多いのではないかと思う。結果的に、禍転じて福となすというような経験となるよう、願ってやまない。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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