2019/9/24 10:21

即興性こそがプロレスだ『掃除屋(クリーナー) プロレス始末伝』/多重ロマンチック的ぼくらのプロレス

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即興性こそがプロレスだ『掃除屋(クリーナー) プロレス始末伝』/多重ロマンチック的ぼくらのプロレス
4.7

プロレスを題材としたフィクションは難しい。プロレスというスポーツが表面上の可視化された部分と裏側にある不可視化された部分があり、どちらもそろって始めてプロレスという競技が成立するからだ。

黒木あるじによる小説、『掃除屋(クリーナー) プロレス始末伝』はそんな難題を軽々飛び越えた傑作推理小説だ。集英社「小説すばる」に2017年3月号から2018年1月号に連載された推理小説。文庫用にプロローグ、エピローグ、その他加筆修正され2019年7月に発売された。

例えばプロレスというのは相手の攻撃をあえて受けることで、攻撃する相手よりも強く見せるという「演出」が入る。これを自然なこととして書くのが表、あえて受けるという説明を入れるのが裏とすれば、表面は『タイガーマスクW』や『パパはわるものチャンピオン』という作品があるし、裏を描いたものには『太陽と月のスープレックス』や江戸川乱歩賞第49回受賞作品『マッチメイク』のような作品がある。どちらもそれぞれ面白い。ただ2019年という時代では、裏側を知ってる人間ならそっちしか描かないの? となるし、後者なら純粋なプロレスファンから野暮なこと描くなよ、とか、そこ踏み込むの? となる。

たとえ小説ファンから喝さいされてもプロレスファンから受け入れがたいものになりかねない。表の演出と裏の技術、これらを隠語を使わず一般にもコアなファンにも当たり障りなく記述する。このバランスが案外むずかしいのだ。

『掃除屋(クリーナー) プロレス始末伝』の主人公であるピューマ藤戸は49歳。すでに全盛期を過ぎ、第一線からは退いているプロレスラー。黒パンツの職人肌であるが、要望があればコミカルマッチもこなす懐の深さを持つ。かつてはメジャー団体ネオ・ジパングに籍を置いていたがライバルレスラー・鷹沢雪夫を自分との試合中で壊してしまった過去を持ち、病床にある彼の治療費を稼ぐため掃除人(クリーナー)の仕事を引き受ける。

掃除人とは指示を聞かない外国人レスラーや問題児とされる契約レスラー、格闘家を意図的に怪我をさせリングから退いてもらう闇稼業。造花を依頼状に、道場仕込みの外連味と関節技で観客に悟られず偶然を装い壊し、自然を装うために自分は負け試合にするという、現実にはありえない、でもちょっとありそうな設定。この設定に主人公を置くことで、表裏の問題を「リングの中で起こったことはすべて真実さ」(ピューマ藤戸)と一体化することに成功している。ほかの試合は知らないが、彼の試合はそうなのだ。

相手を痛めつけた上でうまく負ける、それがピューマの裏稼業。だからこそプロレス技の描写がとてもリズミカル。冒頭分から引用しよう。

フライングボディ・アタックを敢行しようと、俺はコーナーポストから両手を広げ高く飛んだ。しかし、宙に舞った身体はマットに辿り着くことなく、バートンに受け止められてしまった。(中略)なるほど、横倒しに抱えたということはオクラホマ・スタンピードか。自身の体重でプレスする大技。腕力しか取り柄のない猛獣にはもってこいのフィニッシュホールドだ。相手の後方に体重を移動すれば脱出は可能だが、今回ばかりは受ける以外に選択肢はない。そうでなくては<掃除>ができない。(文庫17頁)
裏で段取りのついたことを「プロレスだ」と表現する人が多い昨今だが、プロレスファンであればあるほど、たとえ段取りが決まっていても、その場の展開次第でハプニングも流れに変えて、相応の着地点にたどり着く「アドリブ性」を「プロレスだ」、「プロレス的」と例えるだろう。中邑真輔選手が自伝で「プロレスラーは即興の芸術家である」と説いていたが、おー、コレコレ! と騒ぎたくなる、そんな瞬時の判断を描いた描写じゃないか。

技の描写以外にも、死に場所を探す名レフェリー・徳永慎太郎。
藤戸の試合っぷりを怪しむライター、海江田修三。
注目を集めるのが得意な業界第2位団体、XXW代表の羽柴誠。
第3団体、大和プロレスリングの石倉平蔵。
ピューマの破壊テクニックに目を付ける総合格闘技団体、ファイアーボルト。
スター性ある2年目のヤングボーイ、葛城アキラ。
明るく楽しいローカルプロレス、やまびこプロレスの代表、トルネード・ノブナガ。
やる気だけで空回りのキャラクターレスラー、ヤンキーマスク。
覆面で正体を隠す元メジャー団体練習生、ジンギス・ミカン。
そして父親をけがさせたピューマ藤江を憎む鷹沢の一人娘・理恵。

と、プロレス業界のどこかにモデル絶対がいそうでいない、そんなメンツが時に依頼者となり、様々な理由で掃除される側になる。この依頼理由もプロレスファンなら考えさせられる理由が含まれていたりするので、未読の人はぜひ手に取ってほしい。

2019年8月には文藝春秋からこれまたプロレス小説の『ストロングスタイル』(行成薫・著)が発売。プロレスムーブメントがプロレス小説ムーブメントも生んでいるのなら喜ばしい傾向だ。

【関連】
なぜプロレスラーはわざわざ痛い思いをして闘うのか?<プロレスラー・鈴木秀樹×小説家・黒木あるじ対談> | ダ・ヴィンチニュース

この記事を書いたライター: 漁師JJ

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