2019/3/31 10:51

中邑は武藤のコピー?オリンピック委員会が技にダメ出し?! 豊田真奈美が一石!技のパクリ問題を考察!

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中邑は武藤のコピー?オリンピック委員会が技にダメ出し?! 豊田真奈美が一石!技のパクリ問題を考察!
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3月21日、スターダムのリングで、あの技が!


 2009年ごろ、元『週刊ゴング』の編集者の某氏と初めてお目にかかった時だ。酒の入った席で、筆者が天龍ファンだということを告げると、熱烈な猪木信者として知られる氏は言った。「いやいや、天龍は猪木のパクリだから(笑)」。酒席の気安さもあったが、瞬間、猛烈な懐かしさを感じた。確かに、80年代前半、天龍は延髄切りと卍固めを多用していた。なので、当時のプロレス好きの友人にも、筆者は同じことを言われたものである。しかし、時はそこから25年以上経った2009年である。すでに天龍はプロレス大賞MVPを4度受賞。同ベストバウトに至っては8度受賞している、“ミスター・プロレス”だった。しかし、延髄切りと卍固めを真似された猪木ファンにとっては、その時の記憶は軽くないものだったということだろう。

“飛翔天女”豊田真奈美の発言が話題となっている。3月21日、スターダム、大阪・世界館大会で行われた試合のセミ・ファイナルで、ビー・プレストリーが鹿島沙希にフォール勝ち。その決まり手が自身の代名詞と言っていい、ジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックスホールドだったことに申し立て。SNSで、「女子には藤本つかさ 男子には日高郁人」と継承者を強調し、「勝手に使わないで貰いたい」と怒りの絵文字とともに、使用の自粛を主張したのだ。

 同技が披露されてから30年近くが経つ。その間、プロレス技は多種多様な変化を遂げつつも、使い手側の技術も向上。よって、今では、「同じ技でも、やる選手が違えば、名前も含めて違う技」というような現状となっている。

 今回は、この「技のパクリ問題」について検証してみたい。

大技は、継承されるものだった前時代。


 先日、永眠されたザ・デストロイヤーは若手時代、先輩レスラーに、こう言われたという。「一流になりたければ、自分の出る大会は、第1試合から観ろ。そして、そこに出た技を、自分の試合では絶対に使うな!」

 そうすることで、差別化が出来るわけである。そんな時代があった。日本でも、80年代中盤までは、若手の試合での大技披露禁止は暗黙の了解であった。先輩の持ち技を使うなど、もっての他だ。とはいえ、当時、若手だった選手(武藤、蝶野、川田等)に今、インタビューしたところで、「先輩の技を使ったら、えらく怒られてね」という話は出て来ない。これは、この決まりが有名無実化していたわけではなく、むしろ逆。透徹されていたので、怒られた例証が出て来ないのである。

 よって、余談めくが、当時の若手は、逆にオリジナル・ホールドを駆使していたものである。なるほど、独自の技なら先輩とかぶる可能性はないわけだ。橋本真也の腕極めフロントスープレックスや、佐々木健介の逆一本背負いなどはその産物である。

 かような事情もあり、有名選手のフィニッシュホールドについては、継承という形が取られるケースがあった。ジャンボ鶴田のバックドロップはルー・テーズから学んだものであるし、その鶴田のジャンピング・ニーバットの使用許可を得たのが秋山準。実は当てた後の着地が大変難しい技で、プロレス有史以来の使い手の少なさからもそれはうかがわれるだろう。木村健悟の稲妻レッグラリアットは、その引退を機に、垣原賢人が二代目の使い手に。当初は「?」と思ったが、木村が故郷・愛媛県新居浜市でサイン会をした時のこと。訪れたのがまさしく地元を同じとする垣原少年だった。UWF入りを訴える垣原に、新日本プロレスの木村は、「ぜひチャレンジなさい」と背中を押した。そして、時は巡っての新日本での同舟による、こちらもドラマチックな継承劇だった。他、ブライアン・ダニエルソンのWWEでのフィニッシャーは、KENTAの「ブザイクへの膝蹴り」と同型の「ニープラス」だったが、これはKENTA本人から教わったそう。つまり直伝である。同じく、WWEのダイヤモンド・ダラス・ペイジ(DDP)のダイヤモンド・カッターは、ジョニー・エースのエース・クラッシャーと似ているが、こちらもエースのアドバイスでDDPが完成させたものなので、模倣ではなく大きく言えば、伝授されたものと言っていいだろう。なお、天山広吉は、レジェンド・レスラーのキラー・カーンの代名詞、モンゴリアンチョップを自ら取り入れていたため、カーンが新日本を訪ねた際、遅ればせながら同技を使用する許可を取りに行ったそうである。すると、カーン曰く、「許可が必要なほど、難しい技じゃないじゃん!(笑)」天山の申し出を一笑にふしたそうだ(もちろん申し出は許諾)。

 いずれにせよ、特に前世紀においては、こういった受け継がれる過程が、珍しくなかったのである。

 なお、飯伏幸太の使うフェニックス・スプラッシュのオリジナルは、ハヤブサの同技だが、生前のハヤブサが、「(飯伏が使うのは)嬉しい。自分の技は生き続けて行くから」と語ったことがある。飯伏がハヤブサに直接学んだわけではないが、こういった考え方もあることは明示しておきたい。

同じ技でも、一工夫がエチケット?


「ぶっちゃけ、あれはパクリ」と、おなじみの副詞を付けて三沢光晴が言ったのは、2007年10月26日のこと。前日、サモア・ジョーに、エメラルド・フロージョンを見舞われフォール負け。自身の持ち技を使われての発言となったわけだが、これを受けてのサモア・ジョーの返答がこちら。「あれはアイランド・ドライバーという私のオリジナル技」。三沢の同技初公開が1998年の1月で、ジョーがこの技を、少なくとも日本で使い始めたのが2002年からなのだが、こればかりは三沢の使用が先とは言え、影響を受けたかはわからない。そう、次は、年を追うごとに頻出度が加速度的に増している、「形は同じだが、技の名前が違う例」である。

 例を挙げればキリがないので、冒頭の「同じ技でも、やる選手が違えば、名前も含めて違う技」の好例を挙げると、カート・アングルの、『オリンピック・スラム(アングル・スラム)』、杉浦貴の『オリンピック予選スラム』、高橋裕二郎の『インカレ・スラム(インターカレッジ・スラム)』などなど……。技としては同じなのだが、それぞれのアマレスにおける実績の最高位を名前にしている。まあ、これはオリジナルであるアングルの同技を(名称上)パロディとしたことのわかる良い例だが、アングルのそれは後年、本家のオリンピック委員会から物言いがつき、『アングル・スラム』と改称されたオチが。残りの2つが特に文句を言われてないことを考えると、逆にアングルの凄さが際立つ!?

 同例として挙げるのも恐縮だが、その昔、『カルトQ』というフジテレビの専門分野別クイズ番組があり、テーマがプロレスの回があった(1993年3月7日放送)。筆者は予選を通過し、本名で本戦に出場したのだが、うち、試合映像を観て、その時のフィニッシュ名を答えさせる問題が出た。試合は1992年11月26日・川崎市体育館における、まさに豊田真奈美&山田敏代vsダイナマイト関西&尾崎魔弓。3本勝負の決り手を3本とも答えさせたのだが、3本目の決まり手を、本選に出場していた5人全員が間違えたのである。曰く、「アステカ式原爆固め」「クロス式ダルマ式ジャーマン」etc。正答が出なかったところで、いざ、それが開示されると、答えは、(豊田が尾崎に決めた)「クロスアームスープレックス・ホールド」。先の2つと、同じ技である。ところが、この時の答えとしては、あくまでこの時の豊田の技名に準拠したのだった。まさに「同じ技でも名前が違えば……」を、地で行く対処だった。

 技のパクリ問題に関する有名な言葉として、冬木弘道がストレッチ・プラムに酷似した技を『冬木スぺシャル』として披露した際言った、「指の角度一本でも違っていれば、それは違う技」という極論があるのだが、今思うと、至言に感じなくもない。というのは、先のエメラルド・フロージョンとアイランド・ドライバーは、細かく観ると、三沢とジョー、互いに、腕を添える位置が違うのである。なので、観る方向によっては、少し違う技にも見える。

 他にも、マーク・メロのTKOと太陽ケアのハワイアン・スマッシャーは同型だが、ケアは入る前に相手に回転を加算。スペル・デルフィンの大阪御堂筋スタナーは、スティーブ・オースチンがおこなうスタナーと最終的には一緒だが、リバース・ブレーンバスターから入るという前段階が特徴。このように、最終的には同一の技でも、ひと手間の工夫を入れてある場合も。技名は同じでも、橋本のDDTは相手の腕を持つのが特徴だし、ヒロ斎藤のそれは、足を絡めさせて、より受け身をとりにくくしている。通常の技に他と違うスパイスをまぶすことは、一流レスラーのエチケットのようなものかも知れない。

 なお、今回、ビー・プレストリーが見せたジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックスホールドについても、豊田とは技の入り方に若干の違いが。プレストリーは持ち上げてから腕を極めており、そこは触れておきたい。

豊田の思い入れを再考。


 技の模倣について、蝶野、武藤にインタビューで聞いたことがある。蝶野は、他のレスラーが使うSTFについて、「あの技は膝の極め方が命。そこをないがしろにして欲しくないね」と、微笑みながらやんわりと言明。“所詮、自分にしか本物のSTFは見せられない”という自信のアピールと見た。一方、武藤は、中邑のボマイェに対し、「ありゃ、俺のシャイニング・ウィザードのパクリじゃないか?パテント料、貰わにゃ」ボマイェとシャイニング・ウィザードは、筆者が観るに、だいぶ違う技のようにも思うのだが……。超然とした立場に立った蝶野と、自らもLOVEしている武藤の人間的な違いも見えるようで、インタビューしながら、どこか楽しい気もした。因みに、橋本が生きていたら、自身の技の模倣は、「どんどんしてくれ!」と言っていたような気もするが、どうだろう?

 豊田真奈美が、自身の技について語ったインタビューがある。

「やっぱり人が使ってる技は、決め技としては使いたくないんだ。これはアタシのレスラーとしてのこだわり。(先にその技を使ってる選手がいたら、)わかんないけど、少なくとも決め技として使うことはないんじゃないかなあ」「(サイクロンをパクる選手が出てきたら、)大切に使ってくれるんだったらいい。アタシみたいに確実に『3』を取れる場面で決め技として使うならね」(『プロレス必殺技2001ベスト・セレクション』ベースボール・マガジン社より)

 2017年11月3日、豊田は自らの引退試合で51人がけをおこない、最後は51人目の藤本つかさに敗れた。しかも、つかさの決まり手は、ジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックス・ホールド。豊田は試合後、言った。

「サイクロン、これから私のイメージじゃなくて、藤本の、藤本の技として。藤本だったら絶対やってくれるって私は期待があるからこそ今日だってメイン(=最後の相手)に選んだ。技もやってもらって、豊田真奈美2世じゃなくて、藤本つかさってものをどんどん価値上げていってほしい。2世は絶対に上にはいけない。だから絶対に藤本つかさっていう名前をどんどん上げていってほしい」

 本人が言うように、同技、そして継承者の一人である、藤本つかさへの強大なまでの思い入れを感じる。本人が言う「大切に使ってくれるなら」の真意は、とてつもなく重いものだったのだ。

 人によってさまざまな意見があろうし、結論が出るわけでもない。だが、一般論として、オリジナル技の最初の考案者の意見は尊重されるべきであろうこと、また、誰もの目につくSNS時代であることもあるが、このように、技のパクリ件に対して公然と意見したのが、実は今回の豊田真奈美がほぼ初めてだったことは明記したい。技の即時のコピーや、場合によっては後追いが続く状況に、一石を投じたと思うからだ。それだけでも、価値のある主張だったのではないだろうか?

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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