2019/2/25 11:03

帰ってきた竹村克司【多重ロマンチック的ぼくらのプロレス】

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帰ってきた竹村克司【多重ロマンチック的ぼくらのプロレス】
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無我や新日本プロレスで活躍後、長く業界から離れていたプロレスラー、竹村豪氏が、本名の竹村克司として約10年ぶりに四角いリングに帰ってきた。 舞台は上井文彦プロデュース・マサ斎藤追悼興行。 対戦相手はかつての盟友、東京愚連隊・MAZADAだ。

竹村克司はMAZADAとともに藤波辰爾プロデュースの無我でデビュー。その後新日本プロレスに移籍し、メキシコ修行で培った素早いロープワーク、ビルドアップさせた上半身を武器に新日本ジュニアの小悪党として活躍。邪道、外道とCTUを結成し、2004年9月9日にはこのトリオでUWA世界6人タッグ王座を獲得。新日本を離れてからは無我ワールド、全日本プロレスに拠点を移動。

2009年1月6日、全日本での試合中に試合中に肩を負傷し長期欠場。東京愚連隊メンバーで「TAKMEURA AID」も開かれているが、その後復帰することなく消息不明。ギャグか本気だったのか愚連隊メンバーで会見が開かれるたびファンに捜索願いを出すほどだった。

時間が動いたのが2018年1月3日、テレビ朝日系『あいつ今何してる?豪華新春3時間SP』。お笑いコンビ「ANZEN漫才」みやぞんが中学時代、慕っていたのが当時無我に所属にしながら足立区の運送会社に勤めていた“たけちゃん”こと竹村克司。みやぞんが僕にプロレス技を掛けてくれた“たけちゃん”に会いたいと、番組を使ってガチ捜索を願い出たのだ。番組ではその後新日本に移籍したこと、ケガを負ったこと、子供ができたばかりだったので家族を食べさせなければいけないと夫人の実家のある山口県に移住し、職業を転々としたこと。その後介護士免許を取得、43歳の時に起業という道を選び、プロレスから離れていることなどが伝えられた。また「お笑い芸人になったらどう?」とみやぞんに勧めたのがたけちゃんであったことも明かされたのだ。

普通はここでプロレス辞めちゃったのか、となるところだが、これと前後して復帰の声をかけていたのが、山口県出身の上井文彦プロデューサー。テレビ朝日番組プロデューサーが消息を探す中、唯一、知っていたのが上井であり、「どうしても彼を隠れたままにはしたくなかった」と番組出演を促したのも彼だったのだ。

2019年2月15日、大阪で行われたマサ斎藤追悼興行において、対戦相手にかつての同僚であるMAZADAを迎えてけじめの限定復帰。その試合にはプロレス友情物語と題された。結果は7分48秒、首固めで勝利した。MAZADAもまた復帰を望んでいた仲間だった。

10年間で体重は増えた。ただし動きは相変わらず。多少のスタミナ切れを垣間見せたものの、無我のレスリングとルチャの攻防がいい意味で入り混じった熟練のプロレスだった。プロレスのリングは「二度と上がるまいと思ってた」。でも「どこかで心残りがあって」と竹村克司。今後のプロレス活動については未定だが、きっとこのけじめはいい方へと向かうだろう。竹村克司の経営店「Karaoke&sports cafe ZIPANGOO」は下関で開業中だ。

この記事を書いたライター: 漁師JJ

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  • おかえり、たけちゃん!

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    (2019/2/25 18:56)
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