2018/10/20 18:29

武藤もムーンサルトをサービス!? 小橋がヒントの幻の大技炸裂!通算11回目の開催!DDT・両国国技館大会の歴史!

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武藤もムーンサルトをサービス!? 小橋がヒントの幻の大技炸裂!通算11回目の開催!DDT・両国国技館大会の歴史!
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21日、「両国ピーターパン2018~秋のプロレス文化祭~」開催!


 武藤敬司による最後のムーンサルトと言えば、一般的には今年3月14日、W-1の後楽園ホール大会での披露にトドメを刺すだろう。同月30日に両膝の人工関節置手術に臨む予定だった武藤。それゆえ、もうムーンサルトは出来ない膝になるがための、最後を予告した一撃だった。

 ところがである。その11日後、武藤がもう一度、ムーンサルトを敢行していたと言ったら、読者は驚くだろうか?その場こそ、本年3月25日、DDTの両国国技館大会。別人格でのムタでの披露だったが、見事な一発で、石井慧介をフォール。実質的には、これこそ武藤の最後のムーンサルトのような気がしなくもないが、まさに、ファンタジー溢れる文化系プロレス、DDTのリングだからこそなしえた夢だったのかも知れない。

 そのDDTが、10月21日、本年2度目の両国国技館大会に挑む。団体としては通算11度目の使用(開催)となり、来年2月16、17日にも同会場での2連戦が決まっているDDT。すっかり同会場の使用がなじんだ感もある。

 今回は、このDDTの両国国技館大会の歴史を紐解きたい。

2013年8月17日の「DDT万博」は、地上波放映も!


 最初のきっかけは、2008年12月28日の後楽園ホール大会だった。同年のDDTは、新ブランド『ハードヒット』を旗揚げし、新プロジェクト、「BOYS」もスタート。「ドロップキック」に続く飲食店「ミツボシ」もオープンと、その動きも多角化。この日のリング上でも、各ユニットが入り乱れ、混沌とした状況だった。この流れを受け、高木三四郎がマイクを手中に。周囲は、「(DDT)解散なんて言うな!」と悲鳴をあげたが、高木は「お前らが、お客さんがなんと言おうと、俺は決めた!2009年、DDTは……これを見ろ!」とビジョンを示す。そこには、「2009年8月23日 DDTプロレスリング 両国国技館大会開催決定」の文字が。場内は、ノリのいいDDTファンらしく、「リョーゴク」コールに包まれたのだった。

 果たして、その第1回、「両国ピーターパン ~大人になんてなれないよ~」は、向正面に設置されたスクリーンと入場ゲート裏は客席として開放しなかったものの、8865人(札止め)の観衆を動員。ビアガーデン・プロレスでお馴染みだった中澤マイケルの肛門爆破で幕を開け、メインの飯伏vsHARASHIMAまで大盛り上がり。大成功を収めたのだった。メインに勝利した飯伏も、「僕がDDTに入った理由は、正直、ユルい感じがしたからで(苦笑)……ここなら、(子供の頃やっていた)プロレスのごっこの続きが出来ると思った。でも、それが、こんなに沢山の人の前で出来るようになったんだなと、と思って、凄く感動しました」と、その嬉しさを隠さなかった。試合後、控室の模様もライブ中継されたのだが、そこで飯伏がバク宙を披露したことも、この日の高揚感を物語っていよう。

 余談だが、この日、飯伏が披露した、フェニックス・プレックス・ホールド(パワーボムの体勢で持ち上げたところで、相手の首を抱え込み後方に反り投げ、フォール)は、現在まででも数回しか披露されてない、まさに究極の大技だが、この技、実は小橋建太から発案を得たものだとか。小橋が、相手をジャックナイフ式のエビ固めに固めている写真を見て、「これは、こうやって小橋さんがス―プレックスで投げた後なんだ」と、勝手に解釈し、中学1年時、プロレスごっこで試し打ちしていたという。試合後、「新技じゃないです!あれは14年前のプロレスごっこの技なので!」と、記者団に答える飯伏は、妙な言い方だが、実に本人らしかった。

 以降、両国大会の開催にのみ焦点を当てると、日本武道館大会があった2012年以外は、毎年開催。2013年8月17、18日には、他業種とのコラボ興行である初日を含め、2連戦を敢行。翌2014年、15年は、前売り段階でチケットが完売。2016年3月21日の両国大会からは、席の一部を潰さず、全面開放に。この年は8月にも両国大会を開催。同じく、今年、及び来年は既に2回の両国大会が決まっているのは冒頭の通りである。

 ところで2009年の第1回では、来場者全員に特製DVDが配布。中身には、DDTの各選手が選んだ過去の試合映像と、飯伏、HARASHIMAの撮りおろしプロモーション動画が。ジャケットの、侍に扮した飯伏やHARASHIMAもカッコ良く、現在では、かなり貴重な逸品となったと言っていいだろう。

健介がディーノのリップロックの餌食にも……(2013年)


 さて、DDTの両国大会と言えば、他団体の大物選手の参戦も見どころ。しかも、それは決して集客に頼るためのものでなく、DDTワールドに彼らをひきずりこむのが主眼としているのも特徴だ。順に見て行こう。

 第1回では、ポイズン澤田JULIEが蝶野正洋と対戦。新日本プロレスの新弟子だったことのある澤田は、実は蝶野より3年先輩。試合では、最後の最後で呪文を効かせ、蝶野の右腕を操ることに成功。雪崩式ブレーンバスターを決めたが、蝶野が先に立ち、自身は起き上がれず、KO負け。さて、この蝶野、肝心の呪文が効いたかについては、「どうだろう?俺の記憶には残っていない(苦笑)」と、コメントブースで、やんわりかつクールな反応。だが、試合後はマイクを握り「DDT、両国進出おめでとう。俺からのプレゼントだ」とし、自身がCMに出演している缶チューハイを、来場者全員にプレゼントすると確約(退場時に配布)。大御所ならではの、粋な対応を見せたのだった。

 以後、2010年には、丸藤、中西学、2011年にはボブ・サップが参戦。2013年の両国2連戦の2日目には、Wメインイベントの第1試合で、飯伏vsオカダが実現。金の雨を降らせるオカダに対し、飯伏が「夢の雨を降らす」と、宝くじを携えて入場したのは、いかにもDDT仕様だが、試合はもちろん好勝負に。勝利したオカダが、「次は、ちゃんとしっかりメインで、100%出し切って闘おうぜ」とコメントしたことからも、実質的にセミだった悔しさと、反面、その内容の充実ぶりに手応えを感じたのがわかろうもの。2014年、2015年は、棚橋が参戦し、それぞれ、竹下幸之介、HARASHIMAを相手にしたが(どちらも勝利)、前者は、未来のエースに、「全部しょいまこなくてもいいよ」と温かなコメント。だが、後者には試合後、「俺は珍しく怒ってるよ。グラウンドで競おうとか技で競おうとか……ナメたらダメでしょ。全団体を横一列に見てもらっては困る。ロープの振り方、受け身、クラッチの一個の細かいところまで違うんだから。『技が上手だね』『マスクがいいね』『筋肉が凄いね』、そういうところじゃないところで、俺らは勝負してるから」と、机を拳で叩き、珍しく激怒。序盤の腕の取り合いの際、棚橋が急にエルボーをガツンと叩き込んだ瞬間から、(妙だな……)と思っていたのだが……。棚橋のコメントの示唆するところは幾重の意味にも取れるところがあり、考えさせられるものだった。

 同年には、引退を決めていた天龍も参戦。天龍を憧れの人とする高木三四郎のたっての願いで6人タッグに出場。高木と、往年の阿修羅原との龍原砲を思わせる、サンドイッチ・ラリアットを披露。だが、試合後、高木が自らのテーマ曲に合わせてのファイヤー・ポーズを誘うも、これは無視。いかにも天龍らしかった。

 そして、冒頭に触れたムタは、男色ディーノとの異次元6人タッグ対決となったのだが、その尻に毒霧を噴射!ところがディーノは、なんと肛門から緑の毒霧を発射!まさにファンタジーにもほどがある展開となったのだった。それにしても、ディーノの尻からの毒霧、どういう仕掛けだったのだろう……?

山里亮太(南海キャンディーズ)の、肛門が爆破されたことも……(2014年)


 他、明るく楽しいDDTらしさも、両国大会となれば、よりスケールアップ。第1回大会で中澤マイケルの肛門爆破に繋ぐ開会宣言をしたのは、実父の一成さんだったし、ヨシヒコが、国技館の2階から吊るされて入場するシーンも。渡瀬瑞基と恋人関係にあったLiLiCoが、リング上で渡瀬から婚約指輪を受け取ろうとした瞬間、他に4人の選手が「ちょっと待った!」と名乗りをあげ、彼らが次大会でバトルを繰り広げることになったのは、良いのか悪いのか……。ディーノが同じくゲイ・レスラーのHGとのシングルで、睨み合ったかと思うと、そのままキスに移ったシーンも衝撃(笑劇?)的(2010年)だった。そのディーノは、2017年、高木とDDTの全権をかけて一騎打ち。高木が凶器として用意した、実母・八重子さんに“リップロック”されていたが(試合は勝利)。

 飯伏、ケニーなど、その人材の確かさは保証済みのDDT。両国でなく、日本武道館大会でのことだったが、「俺らの(全体の)試合で、寝ている客なんて絶対にいないぞ!」と、高木三四郎が大会総括で言っていたのを思い出す。それほど、日々、練り込まれているDDTの興行。両国大会は、その集大成だ。

 今週末も、心行くまで楽しみたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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