2018/8/11 10:46

懸賞当選でプロレス入り?今も持ち続ける、恩人の新日本先輩の名刺!今年後半の台風の目!ジェイ・ホワイト特集!

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懸賞当選でプロレス入り?今も持ち続ける、恩人の新日本先輩の名刺!今年後半の台風の目!ジェイ・ホワイト特集!
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既にオカダ、棚橋撃破!G1最終公式戦勝利で決勝も?


 いよいよ今週末に迫って来た、『G1 CLIMAX』優勝決定戦。優勝候補も絞られてきたが、その顔触れは、もちろん例年通りに行かぬもの。今年は、オカダ、棚橋、内藤、ケニー等の常連組に加え、8月10日(金)の昼の時点で、新たに2人の新顔に優勝戦進出の可能性が残っている。飯伏幸太、そして、ジェイ・ホワイトだ。わけても、ジェイはリーグ戦内でオカダも棚橋も撃破。ご存じのように、昨年11月に凱旋帰国し、今年の1月4日には、棚橋の持つIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦したジェイ。これには完敗も、1ヶ月経たぬ1月28日には、ケニー・オメガからIWGP USヘビー級王座を奪取。第2代の王者に輝くなど、怒涛の勢いで成り上がっている印象だ。オカダ、棚橋が望むリマッチへの登板含め、今年後半の中核を担う可能性もある。

 同時に、結果は残しつつも、その試合内容に、少し厳しい見方があるのも事実。新日本プロレスデビューから3年半(25歳)というキャリアなら十分ながらも、前出のように“大物食い”が続くため、やや“結果先行型”と捉えられているのだ。

 ところが、当のホワイトは、意に介さず。「(オカダは)今や“元”新日本プロレスの顔という存在になってしまった。俺こそが、新しい新日本プロレスの顔なんだよ!」(G1でのオカダ戦後・コメントブース)、「お前たちの善良なるエースがいまどういう姿になっているか、よく見るがいい!」(G1での棚橋戦後・リング上マイク)と、その舌鋒は増すばかり。加えて、「CHAOS№1は俺」「今年は俺の年」など、とどまるところを知らない。その傍若無人ぶりに対し、多勢なブーイングも飛んでいる。

 いったいこのジェイの無謀なまでの自信はどこから来るのか?今回の当欄は、その25年の人生に迫りたい。

『天山&小島&中西vsジェイ&フィンレー&ジュース・ロビンソン』の同期トリオで壮行試合。


 ジェイ・ホワイトのプロレスデビューは2013年の2月。イギリスのインディ団体でのことだった。ところが、2014年12月に新日本プロレスの入門テストを受けて合格。翌年1月に道場入りし、同月の30日には、新日本プロレスでの(再)デビューを果たした。以降は、小松洋平(YOH)、田中翔(SHO)、デビッド・フィンレーと切磋琢磨。そのセンスに置いても頭角を現し、2016年2月25日、『LION'S GATE』における小川良成(NOAH)戦では惜敗も、あのクールな小川が、「いい刺激をもらいました。ジェイはもう一度試合がしたいなと思わせる選手でしたね」と賛辞。同年5月19日の同じく『LION'S GATE』で対戦し、勝利した丸藤は、「昔、戦ったプリンス・デヴィットを思い出しました。どんどん試合をしていけば、勝手に強くなるよ、あれは。自分とは違う異国の地でこれだけのものを出して、これだけのお客さんに応援されているんだから。まあ、言うなれば新日本プロレスだけども、彼に関しては凄く素晴らしい」と感嘆した。

 そう、若くしてその人気も抜群。「青い目のヤングライオン」の異名を持ち、会場では、時に『Young Lion of Blue Eyes Jay White』なる、有志による垂れ幕も。ジェイ自体も新日本に対する愛着はあり、先の小川戦後は、「シンニホンプロレスリングハ、オレノニワダ」と宣言。これは、この時期の彼の試合後の決め台詞にもなっていた。同年6月19日、大阪城ホールにおけるROHへの壮行試合での、全て日本語によるマイクでの挨拶も、新日本愛に溢れるものだった。

「大阪!俺の日本語、聞いて下さい!新日本プロレスファン、2015と2016、どうもありがとうございました!新日本プロレスファンズ、私のこれからも宜しくお願いします。新日本プロレス、また帰って来ます!なぜなら、なぜなら、この新日本プロレスのリングは俺の家だ!そして、そして新日本プロレスと新日本プロレスファン、あなた、あなた、あなたは私の家族です。ありがとうございました。マタネ!」

 拙い言葉のリフレインも心くすぐるが、それがどうだ。ROHの修行を終え、凱旋帰国すると言いたい放題。今年の東京ドームで戦ったインターコンチ王者の棚橋には、戦前、「かつての本当に強かった、真のエースの棚橋と闘いたかったんだけど」と、まるで“終わった人”と認識。1月6日に(バレットクラブのケニー撃破のため)CHAOS入りの会見をすると、「王者が同じユニットでも、ベルトは狙いに行かなければ。例えば石井(智宏)選手はリングではあれだけ凶暴なのに、このベルト(※同席したオカダの持つIWGPヘビー級王座)を狙いに行こうとしない」と、CHAOSの特攻野郎を、軽くディスってみせる。返す刀で、隣にいるオカダには、「オカダさんは、さっきの俺の『ユニット内でベルト狙って来る選手がいておかしくない』って発言については、どう思ってるの?」と、若干、上から目線で意見を求める。オカダの返答は、「全然ありだと思うけど、ジェイもCHAOSに入って僕の大きさに気付いて、まだまだ挑戦出来るレベルじゃないと気付くんじゃないですかね?」。石井の後日の反応は、「CHAOSに新しく入った若造(ジェイ)にな(言っておく)。俺によ、意見すんじゃねえ、この野郎」……。

 もはや、ユニット内の不和すら気にかかる状況だが、いったいなぜ、こんな風になってしまったのか?

ザ・ミズvs ジョン・シナの『レッスルマニア』を観て興奮!


 1992年、ニュージーランドに生まれたジェイ。プロレスとの出会いは12歳の時に出会ったWWE。リキシが自分のでん部をブッカーTに押し付ける、いわゆる“スティンクフェイス”を炸裂させている映像だった。「『なんだ、これは?』と(笑)」(ジェイ)しかし、幼い頃から、サッカー、テニス、クリケット等にたしなみ、運動神経は抜群だったジェイが、プロレスラーに憧れるのに時間はかからなかった。ところが、その夢を話すと、母親はこう返したという。「ジェイはレスラーになるには、小さすぎるわよ(笑)」
(そんなもんかな?)と思い、高校を卒業し、軍隊の研修を受けるも、自分にはピンと来ず、知人の父の経営する工場で働くことに。そこで(ジェイが言うには)転機が訪れる。

「プロレス熱も少し冷めていた時期だったんですが、ラジオの懸賞に応募したら、『レッスルマニア27』の観戦旅行が当たったんです!」実際、試合のおこなわれたアトランタのジョージア・ドームに友人と出かけ、大興奮。ジェイは自分なりの啓示を受ける。「こんな夢みたいなことが起こるというなら、僕がプロレスラーになるのも、ひょっとして可能なんじゃないかって」

 そこから、イギリスの友人を頼り、渡英し、2013年1月、同地にあるレスリングスクールへ。地元のニュージーランドにはプロレスの文化が根付いてなかったからだが、その学校のトレーナーにこう言われる。「君、レスリングの経験は?」「えっ?全然ないですけど」「海を越えて来る前に、少しでも自分でやってみようと思わなかったの⁉」

 ジェイは振り返る。「確かに、そう言われればそうかな?と。だけど、僕の中には、『自分はプロレスラーになれる!』っていう確信めいたものがあったので(笑)」

 プロレス・デビューは、2013年2月19日だったが、母親には試合の1時間前に電話し、こう言ったという。「あのさ、言ってなかったと思うけど、俺、レスラーになるんだよね」。母からは、「What's!?」と返って来たとか。

 レッスルマニアの懸賞当選でのレスラーへの夢再燃、見切り発車の渡英とプロレス・スクール入学……。そう、実を言って、ジェイ・ホワイトは、古い言葉で言えば、なかなかの“トンパチ”(※前後の見境いなく行動する人)なのだった。

「大晦日に、イギリスにいた彼女と離れるのは辛かったデス」(ジェイ)


 2014年の大晦日にイギリスを離れ、新日本道場入りは、2015年の1月2日。プロレスラーとしての入門なわけだから、カッコ良く髪を伸ばしていたら、初日に坊主にされた。その後も、カルチャー・ショックの連続。「日本には、“センパイ”を敬う風習がある」「日本では、旅をしながら、試合をする(=巡業。ヨーロッパ圏では、大相撲のように、一つの会場で数週間興行をするのが通例)」「日本のファンは、熱い」……。さまざまな、先ずは新弟子としての初体験を、ジェイはこう言い切る。「クレイジーな日々だった」。特にその練習量に驚かされたという。「数字を聞いて、『そんなの絶対無理だろ』と思っても、みんなやってるから、自分もやる。限界を突破してもやる。そうすると、結局は誰にも負けない強い気持ちが備わるんだよね」

 その新日本入門への道筋を開いたのは、誰あろうプリンス・デヴィット。2014年の2月にジェイの上がっていた団体にデヴィットも出場。実は事前にはデヴィットの名前すら知らなかったジェイだが、ちょうど2014年1月4日、東京ドーム大会における飯伏vsデヴィットを動画で観て感動。デヴィット本人も、ジェイに可能性を見出したのか、自らの新日本プロレス所属(当時)の名刺を渡し、こう言っている。「何かあったら連絡して来てくれ」

 持って生まれた才によっての道の開き具合もあるだろう。だが実はこのジェイ、先に触れた工場勤務時代に、右手の中指をほぼ切断する事故に遭っている。幸い、指は縫合手術でくっついたのだが、以降、曲げることが出来なくなったという。この状態でフルコンタクトスポーツをやることが、どれほどの労苦か、スポーツをやったことをある方々なら、おそらくわかるのではないか。ジェイの持つセンスや才能は、全て彼自身の努力から生じたものなのだ。

 獣神サンダー・ライガーは語る。「デヴィットも、ジェイも素晴らしい。それは、『スキあらば自分がトップに上ってやろう』と、常に狙っている点。異国から来てるからかな。ハングリー精神の塊(かたまり)。その気持ちは日本のヤングライオン以上ですよ」

 因みに、新日本でのデビューとなるアレックス・シェリー戦に敗退し、残したジェイのコメントは、「クソっ!悔しい!でもオレは日本でナンバーワンのレスラーになるんだ!」。デビュー直後は、その嬉しさや周囲への感謝の言葉を紡ぐレスラーが多いのだが……ジェイの肝の太さに恐れ入る。

 加えて、まだジェイがヤングライオン時代の2016年4月1日の試合後(vsデビッド・フィンレー)、語った言葉を紐解こう。
「最終目標は、一番になることだ。体の大きさも、身体能力も1番じゃないかも知れない。だけど、意識の高さと努力では誰にも負けないから。俺が新日本をまだ見たことのないレベルに連れていく」

 幼さを残すその顔立ちと真逆の威勢の良さで、早くも異端児されつつあるジェイ。本能的に、「客の無反応が一番プロとして良くない」という真理も会得出来ている可能性がある。G1後の展開も、楽しみにしたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • ジェイホワイト応援し続けます

    ID:7903675 [通報]
    (2018/8/11 23:07)
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  • ギミック付けなきゃならんのかな。ただ会社から推されてるだけにしか見えないけどなぁ
    よくも悪くも今のところスタンダードなアメリカンレスラーにしか見えないかな。主観的だけど

    投稿者:雪崩式ドラゴンスクリュー(ID:8127353) [通報]
    (2018/8/27 23:55)
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  • redditを見てると、海外のコアファンにはかなりウケてるみたいですけどね。
    特にこのG1での動きは、新たなヒール像を作り出したとか、バックステージでのやり取りを含めて楽しませてくれたとか。

    ID:4064620 [通報]
    (2018/8/28 11:27)
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