2018/7/15 10:32

既に高校時代にテーブル破壊!ドンはマイティ井上?『ワイルドII』の前名は!? 祝・復活!森嶋猛!!

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既に高校時代にテーブル破壊!ドンはマイティ井上?『ワイルドII』の前名は!? 祝・復活!森嶋猛!!
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2015年4月21日に引退発表も……。


 3年ほど前、極めて僭越ながら、江戸川区の施設で、講演会をさせて頂いたことがあった(テーマは拙書「泣けるプロレス」について)。その際、担当が言った。「森嶋さん、つかまりませんかね?講演会でもして頂ければと思うんですが」森嶋はまさに江戸川区の出身であった。要するに地元である。

(森嶋選手……)

 実は筆者は、当時(2015年)の同選手に、何度か近所で遭遇したことがあった。東京は新宿区内に、ある大学があり、その正門から延びる道路で、森嶋を何度か(何度もと言っていいかも知れない)見かけたのである。最初は、近くに、小橋建太も稀に使うプロ仕様のジムがあり、その関係かと思っていた。だが、すぐ打ち消した。なぜなら、森嶋は、既にその時、引退していたためである(よくよく考えると、引退してもジムに通う小橋も凄いのだが)。森嶋は、男性、時には女性といることもあったが、両方ともプロレス関係者には見えず、彼の良き友人に思えた。よって、話しかけるのもはばかられた。ただ、その時、強烈に思ったことがある。

(体を悪くして引退というけど、そんなに体調悪そうに見えないな。なにか、もったいない……)

 その森嶋が、7月10日の長州力興行に登場。10月15日、自身の40歳の誕生日での復帰を宣言した。後楽園ホールでの自主興行での復帰となるが、長身・巨漢という日本人離れしたあの体躯がリングに戻って来るだけで、心躍る読者も少なくないだろう。今回の当欄は、森嶋猛の戦史を振り返り、その期待の証しと致したい。

柔道では、2段を所有。


 その恵まれた体格もあるが、実は格闘エリートだった森嶋。東京学館浦安高では柔道部に所属。高3時の総体地区予選決勝で、当時の県王者を場外で払い腰で投げ飛ばし、テーブルを壊したという逸話もある。「柔道を続けていれば、世界王者になれたね」とは、同高柔道部、阿部新二監督(当時)の談話である。その素質ゆえ、8大学から柔道の特待生として誘われた。同じく格闘技である、日大レスリング部にも練習で参加。並み居る大学生を次々と投げ飛ばし、当時同大総監督で、その後、JOC選手強化本部長も務めた福田富昭氏(66)からは、こう言われた。「大学で4年間、アマレスをやってからでも遅くないんじゃないか」。勧誘を受けたのだ。だが、文脈通り、森嶋は次の道を、もう決めていた。プロレス入りである。テストを受けたのは、全日本プロレス。そこに、なぜなら、そこに憧れのレスラーがいたためである。

デビューは、志賀賢太郎のスワンダイブ式ボディプレスに敗れるも。


 1997年3月22日、当時のチャンピオン・カーニバルの開幕戦と同時に入門し、翌年の同日(3月22日)、まさに1年かけてデビュー。この日はチャンピオン・カーニバルの開幕2日目だったが、場所は前日と同じ後楽園ホール。この“聖地”でデビューした全日本レスラーは、田上や秋山、古くはジョン・テンタと、鳴り物入り揃い。期待度の高さがうかがわれよう。試合は敗れたが、113kgの体重でドロップキックを炸裂させるなど、見所も十分。試合後、デビュー御礼の挨拶をされたジャイント馬場も、目を細めて言った。「ドロップキックとタックルは沸いてたなあ」。すると森嶋、直立不動で、こう言い返した。「そうですか!緊張で気付きませんでした!ハイ!」

 なお、森嶋語録の一つに、こんなものがある。「空気を読まないのがプロレスラーだから。空気を読んだらトップになれないよ」(『週刊プロレス』2015年6月3日号)

 その言葉通りの行動で、森嶋はめくるめく勢いで頭角を現して行った。

丸藤、力皇とは、ユニット『力丸猛』も。


 2000年のNOAH移籍後、秋山準率いる『スターネス』に所属した森嶋だが、2001年4月12日の大阪大会(秋山&森嶋&志賀vs田上&泉田&雅央)で造反。「志賀さんのお守りなんてゴメンということ」とデビュー戦の相手に痛烈な一言を放つと、力皇猛とタッグを結成。『ワイルドII』として知られる2人だが、もともとは森嶋の発案で『たけし軍団』とされていた。

 同年8月には、第2代GHCヘビー級王者になった秋山の初防衛戦に名乗りを挙げた。既に同年5月に横浜文化体育館大会のメインで、相手が空白だった秋山に名乗りをあげたが、ケチョンケチョンにやられていた(森嶋にとってはシングルの初メイン)。しかし、めげず、「だれも(このベルトに)挑戦するヤツはいないのか」という秋山の挑発に応じたもので、「だれも名乗らねえ、とか言うんならオレにやらせろ。実力でもぎとってやる」ところがこの時点でまだキャリア3年半ということがわざわいしてか、挑戦者決定トーナメントに組み入れられ、敗退(挑戦者は本田多聞に)。結局、同王座への初挑戦は2005年の12月、師匠の田上相手だっただけに、団体全体としては、時期尚早なアピールだったのかも知れない。

 だが、当時の王者の秋山自体は大喜び。「かみついて来い、と言ってかみついて来たのはアイツだけ。そういう心意気だけで十分」と高評価。2005年、天龍源一郎がNOAHに参戦して来ると、自らのパートナーに森嶋を指名(天龍のパートナーは鈴木みのる)。森嶋も大いに乗り、対戦前日には天龍のライバル、ジャンボ鶴田の墓参り。鶴田には、その引退(1999年3月)の際、「頑張れよ」と声をかけられたそうで、ここで鶴田の実兄や後援会長に鶴田の代名詞、「オー!」を使う許可を得た。当日は、鶴田の入場テーマ、『J』で入場。もちろん、「オー!」も炸裂(勢いに乗じて、秋山もやっていたが)。そして、天龍には、ラリアット、タックルで攻める。すると、天龍は膝の正面に向けて、ドロップキック。この攻めでかつて鶴田を激怒させたことがあるのだ。負けじと森嶋も、故人かつ、森嶋自身の得意技、バックドロップまで炸裂させた。しかし、最後は天龍のラリアットにフォール負けし、天龍は試合後、言いたい放題。

「(入場曲は)厚かましい奴だな。鶴田を思い出すかって?あの体見て、夢想だにしないよ。どこが似てるんだよ。バックドロップ?森嶋が勝手に倒れただけでしょ。“嶋”と付く奴であんなオドロオドロしい奴はいないわ。ルーツがどこだか知らんけど」(※天龍の本名は嶋田源一郎)

 とはいえ、後にはタッグも組み、2015年、自身より早くの森嶋の引退を聞くと、「(彼は)レスラーらしくてもったいない。稀有(けう)な存在。頑張ってほしかった。いいものを持ってた。大きな体の割に器用だったし」と、本音を覗かせていた。

 因みに、2003年2月、NOAHと新日本が部分的な交流を持っていた際、『魔界倶楽部』(新日本プロレス)の星野勘太郎総裁が、力皇を「弱い奴」と名指しすると、森嶋は激高。ノアを見たこともないヤツが何を言ってるんだ。1回ノアに来てみろ」すると丸藤も「こっちはマイティさんを総裁に、魔茶倶楽部(マティクラブ)を作ってやる。バッシバシいくからよ」とぶち上げていた。なぜか総裁になってしまったマイティ井上(レフェリー)も「そういう状況になったら協力させてもらう」と前向き。星野勘太郎が率いる魔界倶楽部と、マイティ井上が統べる魔茶倶楽部の対決。観てみたかった……。

『森嶋はデビューからちょうど10年で初めてのGHCシングルかぁ』(ノア航海日誌 三沢光晴『ドンマイドンマイッ』より)


 そして、やはり森嶋を大ブレイクさせた相手と言えば、この男になる。三沢光晴。先述の、森嶋が初のメインを張った秋山戦では、解説につき、「森嶋はよくやりましたよ!」とかばった。実は森嶋が、全日本に入団した際、憧れていた選手こそ、三沢光晴だった。「日本武道館での数々の激闘が忘れられない」(森嶋)。

 その日本武道館で、GHC王者・三沢に初挑戦したのが、2007年の1月。開始直後、場外でパワーボムを見舞う。本部席で見ていた仲田龍取締役が、「あそこから(三沢の)動きがおかしくなった」と振り返るほどの衝撃。場外用のごく薄いマットで後頭部を強打して、三沢は脳しんとうを起こし、以降の記憶はない。それでもエルボー、タイガードライバー91、エメラルドフロウジョンとつなぎ、最後はエルボーで森嶋にフォール勝ち。だが、ベルトも、カップも受け取ることができない。ジョー樋口GHC管理委員長の握手に応じることさえできなかった。精も根も尽き果て、退場時、1人で歩くことも不可能だった。内容では完勝も、一敗地にまみれた森嶋は、その年、海外ROHの王者となり、国内外あわせて、20度の防衛に成功。その脅威を示す、『クロフネ』との異名もつき、同年末、ファン投票で選ぶノア最優秀選手の「力道山杯」選出。そして、まさに捲土重来を期して、翌2008年3月、GHC王者に再挑戦。今度は互いに意識が飛び、試合後、それぞれ別の病院に搬送される激闘となったが(両者とも診断結果は脳しんとう)、最後はバックドロップで森嶋が勝利。小社で連載していたコラムで、三沢はこう振り返っている。

「森嶋には嫌味じゃなく、心から「おめでとう」と言いたいです。(中略)森嶋には、同じ選手としては表立って応援できないし、影ながらになってしまうけれど…。応援しているよ」(ノア航海日誌 三沢光晴『ドンマイドンマイッ』より)

 引退時、誰もが惜しいと思った素材。それを眠らせずに再びプロレスの魅力に目覚めたことに感謝したい。天国の三沢も、そう思っているはずだ。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 森嶋の決め台詞、やる気元気モリシDon,t Stopだコノヤロー。 今度はまず心身ともにやる気元気モリシになることが先決。そのためにも誰かがサポートしてあげて欲しいけど、オカダの外道、ザックのTAKA 互いにとっての小橋・秋山、みたいな存在が必要な気がするけど、それが出来そうなのは大原ぐらいかな。まあモリシはフリー扱いだから難しいかもわからんけど年齢的にレスラー人生はそう長くないから焦らずされど無駄なく生き抜いてほしい。

    ID:653816 [通報]
    (2018/7/15 16:28)
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  • 巨体神話を未だに信じ続ける人たちがのそのそとバックドロップとラリアットとだけやってれば喜ぶんだから本人はお金もらえるし良いんじゃない?
    一番大変なときに逃げ出した奴がこれから化けるとも思わない。
    ジャンボ2世?北尾2世の間違いだろ。
    ヤバくなったら目潰しやろうとして『八百長野郎!!』ってマイクすれば巨体神話のおっさんたちは喜んでくれるよ。
    プロレスの力を信じた人に憧れた世代がプロレスの力を信じられなったから落ちていった。
    その代表格を応援したいと俺は思わない。

    ID:7372361 [通報]
    (2018/7/27 19:30)
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  • 少しは鍛えて上がって復帰して。

    ID:7832638 [通報]
    (2018/7/28 19:13)
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  • 結果論にはなるけど秋山がAB型で不安症持ちで
    ノアでは三沢さんが気を使って会社の役員にしなかった。 森嶋もAB型の不器用な性格。気はいいけど決して社交性があるほうではない。しかし、
    会社が切迫してて序列もあり取締役にされてしまった。少しずつ歯車が狂い始める、選手に専念してたらと思うと残念でならない。
    ジュニアからヘビーに喧嘩売ったKENTAを
    何回も試合で圧倒する 森嶋は良かった。
    森嶋のバックドロップ スクラップバスター懐かしいな

    ID:7495168 [通報]
    (2018/8/5 22:25)
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  • 引退しといて復帰っていうのは、プロレス界ではけっこうよくあるパターンでしょ。
    とにかくやる気元気で頑張ってもらいたい。

    太ろうとせず、20代のころのようなカラダなら問題ないんだけどな。

    あとは全日本やノアで学んだプロレスを披露してくれれば、大丈夫だよ。

    ID:8001700 [通報]
    (2018/8/16 2:36)
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  • なんとなく「より酷い体型」になって戻って来そう…

    杉浦みたいな身体でリングに上がったら応援するんだけど

    ID:5967454 [通報]
    (2018/8/18 21:38)
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  • まあ体形は体質もあるからある程度はしょうがないかと。ある程度は。

    ID:653816 [通報]
    (2018/8/31 0:43)
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