2018/5/1 21:19

全日本プロレスという歴史を紡ぐ物語「巨星を継ぐ者」【多重ロマンチック的ぼくらのプロレス】

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全日本プロレスという歴史を紡ぐ物語「巨星を継ぐ者」【多重ロマンチック的ぼくらのプロレス】
3.4

全日本プロレス代表を務める秋山準選手が執筆した『巨星を継ぐ者』が2018年3月28日、徳間書店より発売された。ジャイアント馬場率いる全日本。馬場元子夫人率いる全日本。武藤敬司率いる全日本。そして今。途中抜けながらも、全日本という看板を引き継ぎ、系譜をそのまま知る男の本には、先日亡くなられた元子夫人のことも多く書かれている。

2011年、ノアから全日本プロレスに参戦。元子夫人が全日本の経営を離れたことで実現したというこの参戦は、旗艦王座である三冠王座挑戦決定、自分へのけじめとして元子夫人へ電話し近況報告。王座戴冠時に再度電話し、3本のベルトのうち、馬場さんが巻いていたジャンボ鶴田、三沢光晴らが巻くことを遠慮していた、3本のベルトのうちPWF王座を腰に巻くことを「秋山くんならどうぞ巻いてください」と了承を得ていたという。この経緯はブログでも触れていたが、義を通すやり方が気に入られたのであろう。それはそれでこの語、大変な顛末に。

その後の全日本は経営者を兼ねていたトップレスラー・武藤敬司が離れ、大量離脱に発展。その後の代表はさらに社のイメージをスクラップさせ、会社としての機能も急降下。
新たなスポンサー、経営者を求めに奔走したところ、こんな話に。

先方からは「うちが協力するのであれば、馬場さんがいた時代の全日本プロレスでないと協力できない」と言われまして。それで、親会社のほうから(馬場)元子さんのほうにお願いに行ったんですよ。(中略)そうしたら元子さんが「馬場さんの全日本を受け継ぎたいのであれば、馬場さんの直属の選手でないといけない」と言ったそうなんです。
(中略)
 それで元子さんが「(新社長は)秋山くんがいい」と言ったそうなんです。僕としては、やはり「いえいえ、それはちょっと……」だったわけですよ。「社長をやりたい人!」と言われて、僕が自ら手を挙げたわけじゃない。正直に言えば、やりたくなかった。どれまでの会社運営の経緯とか見てきたら、誰もやりたいなんて思わないですよ。
当時の選手で『馬場全日本』を知る選手なんて“読書家だけど身に余るワイルド”大森隆男選手、“独身貴族のおじいちゃん”渕正信選手。そして秋山選手くらい。遠まわしな指名と思わせといて、最後にやっぱり名指しで念押し!

いわば「出戻り」がもう一度引っ張っていくのは周囲からの反発も予想できる。秋山選手自身は武藤全日本生え抜き選手であり、すでに改革へ走っていた 諏訪魔を推薦したといいますが、元子さんの愛は深い。

 僕としても、きちんと断ったんだけど、ケーブルテレビ山形が、「元子さんはあなた(秋山)じゃないと協力しないって言ってるんです」と。もう、どうしようかと困って、渕(正信)さんにお願いしたんです。

「この歳になって社長はできない」とけんもほろろに断られたという。この歳になってって、現在御年64歳、いつならできたってんですか渕選手! 指名の裏には、義と通してくれたことの恩義に加え、生前馬場さんから「四天王の次」となかば金の卵として育てられたこともあるのだろう。責任感重々。それでもやらなきゃいけないことがある。馬場家直々という系譜はきっとこれからの全日本プロレスにとっては大きな財産になってくるはずだ。秋山選手は現在ジャイアント馬場さんから直々に教えられた「プロレスの方程式」というプロレスの中身の部分のバトンを若手に引き継ぐために奔走中。『巨星を継ぐ者』は全日本プロレスの歴史を紡ぐ姿勢とこれからが大きく詰まった一冊だ。

この記事を書いたライター: 漁師JJ

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