2018/4/14 12:09

オカダ、柴田を奮い立たせたエール!えっ?新日本の前に所属してた団体?40年の現役に幕!引退、スーパー・ストロング・マシン特集!

閲覧数:5152

オカダ、柴田を奮い立たせたエール!えっ?新日本の前に所属してた団体?40年の現役に幕!引退、スーパー・ストロング・マシン特集!
4.9
最新のコメントに移動

6月19日、後楽園ホールにて、引退セレモニー


 既報通り、新たな新日本プロレス・ロス道場でヘッドコーチを務めた柴田勝頼。今現在は帰国中だが、その柴田、2005年に新日本を一時退団したのは知られるところだ。総合格闘技出陣を含めての、強さと理想のプロレスを求めての決意。中邑、棚橋の「新・闘魂三銃士」として売り出され、天龍、川田との一騎打ちも増えて来た時期での決断だっただけに、周囲からはもちろん慰留されたという。だが、そんな中、柴田自身がその胸のうちを明かし、自らの希望で相談したある先輩は、話を聞き終わると、こう助言したという。

「出ていってもいいんじゃないか?」

 それは、本来なら新日本を守るべき、現役では同団体最古参となるベテラン選手の言葉だった。

 そのスーパー・ストロング・マシンが、4月12日、引退を発表した。素顔期を含めれば実に40年間に渡るプロレス人生。それだけに思い出も尽きないが、同選手については、昨年、拙著(「新編 泣けるプロレス」)にも詳述させて頂いただけに、今回の当欄はそちらに書かなかった逸話を中心に、同選手を振り返ってみたい。

「憧れのレスラーは、ドリー・ファンクJr.」(マシン)


 1956年、神奈川県平塚市生まれの次男。幼い頃からプロレスラーに憧れ、工業高校を中退。プロレス入りのチャンスをうかがい、都内の新聞店で住み込みで働くようになる。瓢箪から駒ではないが、自転車漕ぎや階段の登り降り等、配達仕事で「大分足腰が鍛えられた」(マシン)という。もちろん、猛烈に厳しい自己流トレーニングも欠かさず。ところが、現在のようなネット社会でもないどころか、プロレス週刊誌すらない時代。どうやったらプロレスラーになれるかが分からない。たまたま観た新日本プロレスの試合のパンフレットで「新弟子募集」の告知を観て色めき立つも、募集期間はとうに過ぎていた。既に21歳を過ぎていた。意を決して、山本小鉄に手紙をしたためた。曰く、「新聞配達をしながら、プロレスラーを夢見て、トレー二ングをしてます」……。すると、住んでいた新聞店に電話が。山本小鉄だった。「偉いね、俺も新聞配達をしながら、プロレスラーを目指したんだ……」次の大田区体育館大会で、入門テストをすることを了承してくれた。

 緊張の入門テスト当日。スクワットは1000回出来るように調子は整えて来た。ところが50回目で、小鉄が言った。

「もういい」

 他に、腕立て伏せは30回程度披露しただけだった。続いて小鉄は言った。

「合格だ」

 マシンの体を観て、既に充分過ぎるほどの鍛錬が施されていることがわかったのだ。そして、隣にいたドン荒川(荒川真)に嬉しそうに言った。「いいのが入ってきたぞ」新聞配達の苦労譚も、同じ思いをした小鉄の心にフィットしたのかも知れない。

 前出の拙著にも書いたが、さて、これを荒川が大幅に脚色。「おい、今度入って来る新人は凄いぞ。スクワットやらしたら、ジャンピング・スクワットで500回。ベンチプレスなんて、アップなしで、いきなり150㎏はあげるんだ」……まあ、小鉄の高評価含め、それほど期待された大型新人だったということだろう。

 だが、このマシンが、新日本の前に別のプロレス団体に入っていたことは、余り知られていない。

「大仁田さんは、よく映画に連れて行ってくれました」(マシン)


 それは全日本プロレスだった。住み込んでいた新聞屋が渋谷にあり、当時、同団体の道場があった恵比寿にほど近く、見学に訪れ、プロレスラー志望であることを伝えると、その体格を見込まれ、翌日、リングに上げられたのだった。17歳の時だった。いきなり鶴田とスパー。かなうわけがない。大仁田、渕も加わり、約2時間、ケチョンケチョンにされた。そして、「やる気があるなら、事務所まで伝えてきて」と言われ、翌日行くと、そこにいた選手が皆、驚いたという。「あれだけやられたら、普通は来ないぞ!」マシンの秘められた根性が認められた瞬間だった。

 以降、全日本プロレスの巡業に参加。1974年12月2日のジャイアント馬場のNWA王座奪取もセコンドで観た。だが、怪我と父親の病気で、新弟子生活を続けるのを断念。涙ながらの別れの挨拶をする際、鶴田にこう言われたという。

「お前ならどこに行っても、俺と同じレベルになれるよ」

 あの鶴田からの絶賛。そして、小鉄からの高評価。だが、マシンのプロレス人生は、メインストリートを歩むそれとは、やや遠いものとなっていってしまう。

正規軍に戻るチャンスがありながらも……。


 ケチのつき始めは、若手の憧れであるはずの、海外修行だった。自身と同じ、パワフルかつアグレッシブなスタイルが喜ばれるカナダ・カルガリー地区が予定されていた。ところが、寸前で修行先は軽量級レスラー中心のメキシコに。直前に先方が、「かつての長州のようなパワフルな若手はいないか?」とオファーしてきたのだ。折しも、現地の通貨、ペソが大暴落した時期。この修行先がショックで、寮の自部屋に内側から鍵をかけ、3日間籠ったという。

 メキシコ修行を経て、念願のカルガリーに転戦。そして、当時、最も稼げたと言われたダラスに戦場を移そうとした際、新日本プロレスから帰国命令が下る。当時、人気絶頂だったアニメ「キン肉マン」に、そのまま変身してくれというのだ。本意ではないことを伝えたが、新日本側も懇願。しぶしぶ帰国した。

 ところが帰国すると、肝心の使用許可が下りておらず、やむなく、既に出来ていたキン肉マンのマスクの上に、目出し風のスキー帽を被って登場。結局、キン肉マンにはなれず、やむなく、新たにデザインし直したマシン・マスクで戦うこととなる。同様のマスクマンを増殖させ、当時の実況の古舘伊知郎アナから、「戦う金太郎飴軍団!」と言われた。同時期、タクシーに乗ると、運転手にこんな風に言われた。

「お客さん、今、同じマスク被って戦う軍団がいるの知ってます?面白いですよね。アッハッハッ……」

 本格派のプロレスラーに憧れていた。マシンは軍団を離れるが、そこに藤波の、余りにも有名なマイクアピールが炸裂する。

「お前、平田だろ?」(1985年5月17日)

 時は「ワールドプロレスリング」の金曜夜8時の生中継時代。そこで禁断の正体暴き。実はこの翌日の後楽園ホール大会でもこの「お前、平田だろ?」が繰り返される。それも、猪木も一緒になって。実は、マシンを正規軍に戻す算段だったのだ。マシンは反発した。

「今まで言いなりになってきて、結局、いいことなんて何一つなかったから……」(マシン)

 以降、一時的な新日本転出を経て、ブロンドアウトローズ、レイジングスタッフと歩んで来たプロレス人生。主流とは言い難いものがあった……。

ノートンを魔神風車で投げたことも。


「でね、お客さん、そのマシン軍団ってのが……」

 先の運転手の会話には、続きがあった。

「これがまた、憎たらしくなるくらい、強いんですよ!猪木、藤波も、ありゃ、形無しだね。でっけえ体で、反り投げとか、奇麗にこなしちゃうんだから。飛び蹴りだの回し蹴りなんかもお手のもん……」

「どんな風に言われようが、内容では絶対手を抜かずにやって来た」と、マシンは胸を張る。気づけば新日本最古参のレスラーとなっていたマシン。言うまでもなく、アントニオ猪木が標榜したストロングスタイルを叩き込まれた数少ない生き残りだ。冒頭、「理想の戦いが出来ない」として去ってきく柴田を、こう送り出したという。

「出て行ってもいいんじゃないか?お前が良くなれば、新日本がお前を呼び戻す時が、必ず来る!」

 2000年代後半より、自らは出場せず、バックステージに用意された椅子に座り、素顔にサングラス姿で試合を見守ることが多くなっていったマシン。若手のお目付け役だ。竹刀を手にしている。だが、それを用いて叱咤する姿など、観たことがない。マシンは、穏やかな表情で語る。「プロレスは、色んなスタイルがあっていいんだよ」それは、本格派の実力がありながら、主軸ではない生き方を選んだ男の達観ではなかったか。

 2009年8月、マシンは久々に試合に出場。NOAH軍団の杉浦と青木(当時)を相手にしたが、パートナーが一敗地にまみれた。新日本入りしてから2年目のヤングライオンだった。「すいません」と謝る若手に、マシンは言った。

「頑張ったぞ!(謝らなくて)いいよ。頑張った!なあ、対抗戦男だよ!」

 誇らしげかつ、温かく、その若手を讃えるマシン。若手は、マシンがはけた後、言った。

「マシンさんに対抗戦男って言われたら……。全部、借り返してやる。なぜなら、新日本の方が上だからだよ。やり返して、俺は新日本のトップを目指す!」

 岡田かずちか(当時)がIWGPチャンピオンに輝くのは、それから3年後のことだった。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

最新のコメントに移動
  • 新日本の1番古い新日本らしさを知っている最古参がマシン選手でした。ライガー、永田、そして柴田がその血を色濃く受け継いでいると思います。海を渡れば中邑真輔もいますし、新日本をさらに進化させている棚橋、内藤そしてオカダがいます。
    何があっても新日本を支え続けてきたマシン選手がいたから今の業界最大手の新日本プロレスがあると思います。
    お疲れ様でした!!

    ID:6924403 [通報]
    (2018/4/14 17:22)
    0 0
    賛成:0% / 反対:0%

    Loading...


  • ゴー!マシン!ゴー!
    ゴー!マシン!ゴー!
    当時会場で叫んでるヤツいっぱい?居たよ。

    ID:6888093 [通報]
    (2018/4/16 14:52)
    0 0
    賛成:0% / 反対:0%

    Loading...


  • いつも思うのですが、表題にある「えっ?」は要らないんじゃないかと思います。

    ID:6767380 [通報]
    (2018/4/20 13:38)
    0 0
    賛成:0% / 反対:0%

    Loading...


  • 引退式には若手時代のライバル前田日明や
    烈風隊のパートナージョージ高野、
    ハリケーンズ、アウトローズのメンバー
    高野俊、後藤、ヒロ、保永に来てもらいたい。

    投稿者:ソニーツーリバース(ID:6974312) [通報]
    (2018/4/20 17:10)
    0 0
    賛成:0% / 反対:0%

    Loading...


  • キン肉マンとしてデビューしてたら新日の歴史にどんな影響を与えていたのか興味湧きますね。

    キン肉マン対ブロディ(バッファローマン)
    キン肉マン対ホーガン(ネプチューンマン)

    ライガーはウォーズマンになり、
    蝶野はラーメンマン(素顔にペイント)になっていたかもしれない。

    実に面白い。

    ID:2107967 [通報]
    (2018/4/30 9:22)
    0 0
    賛成:0% / 反対:0%

    Loading...


おすすめ記事

新しいコメントを投稿する

 [PCから画像ファイルをアップロード]

関連付けられたタグ

なし
[タグを付ける]

<< 一覧に戻る

プロレスが好きな人はフォロー!
「ぼくらのプロレス」ならではの情報をお届けします。