2018/3/25 12:29

「Jr.」のわけは?! 体が細身の理由は? えっ?AJスタイルズにも勝利?! IWGP王座に初挑戦!ザック・セイバーJr.特集!

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「Jr.」のわけは?! 体が細身の理由は? えっ?AJスタイルズにも勝利?! IWGP王座に初挑戦!ザック・セイバーJr.特集!
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4月1日、両国国技館で、オカダの持つIWGPヘビー級王座に初挑戦!


 来たる4月8日(現地時間)、いよいよWWEが誇る世界的祭典「レッスルマニア」で、AJスタイルズと中邑真輔がWWE王座を賭けて激突する。そして、ここに来て、この2人とシングルで名勝負を展開した俊英もまた、ビッグチャンスをものにした。今春の「ニュージャパンカップ」で優勝したザック・セイバーJr.のIWGPヘビー級王座初挑戦が決定したのだ。

 中邑とザックは、2014年6月15日、ザックの地元イギリスの団体「RPW」で、「インターナショナル・ドリームマッチ」として相まみえ、中邑が勝利。AJとザックは2016年1月16日、同じく「RPW」で英国ヘビー級王座戦を戦い、こちらはザックが勝利。同王座を奪取している。

 そもそも、この前年の10月に、WWEの公式サイトで「世界で最もテクニックがある選手」と紹介されているザック。2016年には、そのWWEのクルーザー級クラシック・トーナメントに出場。ベスト4に残っている。海を挟んで日本の至宝に挑戦するのは、ある意味、当然の趨勢と言っていいだろう。

 今回はこのザック・セイバーJr.を大特集したい。

柴田とは地元イギリスでも、2回に渡り激突。


 昨年3月6日より、新日本プロレスに参戦し始めたザック。柴田勝頼よりRPWブリティッシュ・ヘビー級王座を奪取し、保持していたEVOLVE王座、PWG世界王座と合わせ、3冠王となり、しばらくは試合前後、ヤングライオンの川人拓来がその運搬係を務めていた。ところが、3月7日、その川人が、ベルトを手元から落としてしまう。するとザックは一言、「ヒドイヨ!」。因みにこの直前には、新日本への継続参戦に対し、「タノシミ、タノシミ」と答えていた。さらに、昨年のG1で永田に敗れると(英語で)「何度もユージ・ナガタサンを追い込んだんだけど……」。……永田にサン付け!日本語が達者のみならず、日本のプロレス事情(?)に明るい様相も見て取れた。

 そう、読者ならご存じだろう。ザック・セイバーJr.は、かつてはNOAHの留学生であった。

アンドレ・ベイカーの追悼興行では、プリンス・デヴィットと一騎打ち(2011年)


 1987年生まれのザック。90年代の後半の子供時代には、WWE(当時WWF)のファンであった。というのも、その時期には地元イギリスのプロレスは、すっかり廃れていたのだ。ところが、祖父母がそれでも僅かにテレビ中継される地元のファイトを毎週録画していたことで、運命は変わり始める。ザックは、地味ながらそのテクニック重視の闘い模様にすっかり魅了されたのだった。そんな技術を教え込むジムの存在も、これまたテレビ番組で知り、毎週通うように。ジムの先輩にプリンス・デヴィットがいたのは語り草だ。また、師匠は自分で団体も主宰していたアンドレ・ベイカー。リングネームの「Jr.」は、団体側から与えられたものだが、彼の最後の弟子という意味を内包しているという見方も。

 ファイトスタイルとしては、知る人ぞ知る、ジョニー・セイントに心酔(みちのくプロレスに来日経験あり)。若手時代のライガーも、イギリス修行で、その「知恵の輪みたいなレスリング」(「獣神サンダー・ライガー自伝」より)にカルチャーショックを受けたという。「いまだったら同じイギリス人のザック・セイバーJr.、ああいう技術を隠し持ってるかもしれないですね」(同自伝より)

 同時に、ジム仲間より、「第1回スーパーJカップ」(1994年)のビデオを借り、日本のリングにも憧憬を持つ。イギリスを主戦場としながらその縁が出来たのは先ず2006年。8月18日、同地に遠征に来た潮崎と対戦し惜敗。2008年には同じく遠征して来た金丸と20分時間切れ引き分けとなり、じょじょに頭角を現す。その後の2010年8月、まだ未来日ながら金丸の持つGHCジュニア王座に地元で挑戦(惜敗)。2011年5月には中嶋、KENTA、石森を、地元のホープとして迎撃。石森には勝利している。また、go2sleepで勝利したKENTAのザック評も残っている。「まだ若いし、伸びしろがあるね。お客さんもついて来てるし。これから体を大きくして、一発の重みを身に付けてほしいね」

 ザックはこの2ヶ月後、待望の初来日。それも1外人選手ではなく、NOAHの留学生としてであった。期待の大きさがわかろうものだろう。

 以降、NOAHサイドの選手として、数々の名勝負を繰り広げたことをご記憶の読者も多いことだろう。NOAHの選手扱いとして、2011年のオールスター戦「ALL TOGETHER」にも出ている。また、熊野準が使う固め技フラッシュパッケージは、ザックの助言により開発された技である。

 だが、やはりその真価が発揮され始めたのは、昨年からの新日本参戦以降だろう。

内藤哲也を、焦らせた!


「鈴木軍には、(ザックは)合いませんよね」昨年3月6日、新日本初参戦で、いきなり鈴木軍入りした際の、解説のミラノコレクションA.T.の言葉である。事実、この時のザックは、リング上で鈴木軍に囲まれると、笑顔でピースサインをしていた……。それに、思い返せば、ザックはそもそもNOAHサイドの人間だったわけで、2015年には、NOAHの蹂躙を狙った鈴木軍と何度も激突。同年6月9日には、外道と組んでキャプテン・ノア、キャプテン・ニャージャパンと対戦。外道とのタッグを、「タノシカッタ」と喜んでいる。

 ところが、あにはからんや、鈴木軍入りしてからのザックは、まさに水を得た魚。「あの体で、技術一本で世界中に呼ばれて、駆け上がっているザックが羨ましい」(棚橋。2017年9月16日)、「(G1)Aブロックの中で、一番俺を焦らせることができる相手がザック・セイバーJr.なのかなと思ってました。ま、焦りました」(内藤。2017年8月4日)etc……。

 そもそも、ボスである鈴木みのるのプロレス観が、以下のようなものだった。「猪木さんは、“プロとは魅せるものだ”と言うんですけど、僕は、プロとは、アマチュアにない技術を見せるものだと思うんです」僅かデビュー9ヶ月後(1989年3月)の言葉だが、この、いわばみのるの根っこは、ザックと通底するものがあると言っていいだろう。イギリスでタッグ王座も獲った2人。まさに相思相愛だったと言って過言ではあるまい。

オカダはジャベ(DID、レッドインク)で抗戦か?


 前出のKENTAのアドバイスとは違い、体格的な増進に欠けるザックだが、実はビーガン(絶対菜食主義者)であることも、その一因だろう。しかし、ザックはこう断言する。「プロレスにおいて最も大事なものは、知性とテクニック」(2018年3月18日) 手足の長いオカダだけに、ザックの関節技の恰好の餌食になる可能性もある。

 ザックに対し、「今まで、(改名後は)一度しかギブアップしてない」と豪語するオカダ。その一度が中邑真輔に腕ひしぎ逆十字を決められた際のものだった(2015年8月15日)。それも、レインメーカーを切り返してのもの。今回のザック戦でも、この辺りの攻防が肝になるのではないか?

 そして、忘れてはならないのが、オカダもジャベ(メキシコ流関節技)の使い手であるということ。近年はジャベで決めることは少ないが、だからこそここに来てオカダの本領も発揮されるかも知れない。

 目の離せぬ一戦。期待して待ちたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 鈴木らにギャラ払えなくてザックで埋め合わせしたのかな?

    ID:6839649 [通報]
    (2018/4/2 19:58)
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  • 今の新日本プロレスの戦い方に一石を投じてるよね

    どうにもウケが悪いようだけどこれも1つのプロレスのあり方だと思う

    ID:6202697 [通報]
    (2018/4/5 21:27)
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