2018/3/23 15:27

あの会場で日本デビュー!NOAHが生活を変えた!? NOAHから卒業!石森太二特集

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あの会場で日本デビュー!NOAHが生活を変えた!? NOAHから卒業!石森太二特集
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3月12日、10年所属したNOAHからの退団発表


「東京ドームでプロレス・デビューした選手」。その肩書きだけで、周囲からの期待がわかろうもの。過去には、小川直也、鈴木健三(現KENSO)、維新力、北尾光司などが、そんな栄誉にあずかっている。これが、「再デビュー」や、「日本デビュー」であっても、その価値はそれほど遜色あるまい。獣神サンダー・ライガーは、かつての素顔時代から、東京ドーム大会でのマスクマン・デビューを果たしたし、素顔の浅井嘉浩がウルティモ・ドラゴンに転じての日本デビューの場は、まさに東京ドームだった。そして、このウルティモ・ドラゴンの弟子として先んじてメキシコでデビューするも、その日本デビューの地として東京ドームが選ばれた選手がいる。それが石森太二。2003年、若干18歳での出来事であった。

 それから15年、石森太二の、NOAHからの退団が発表された。2008年より所属したため、ちょうど10年経っての同団体からの離別となる。華やかなスタートからのNOAH参戦から今回の決断まで、今週の当欄は、石森太二のリングと心の変遷にスポットを当ててみたい。

石森、アンソニー・W・森、ヘンリーⅢ世・菅原vsミラノコレクションAT、YOSSINO、コンドッティ修司で日本デビュー。


 石森太二は、2002年5月、ウルティモ・ドラゴンが主宰していた闘龍門の9期生として、現地メキシコでプロデビュー。2003年1月19日、ファンタジーファイト「WRESTLE-1」の東京ドーム大会で日本デビューした。この試合1つで大変な高評価を受け、2002年にスタートした闘龍門の第3のブランド、「闘龍門X」ではエースに。当時の異名は、早くも「スーパースター」。2005年、新団体「Dragondoor」でもエース候補に。さらに同団体が資本を変え、2006年、旗揚げした「ElDorado」でもエースと目されていた。

 だが、正式な旗揚げ戦前の同年5月17日、「ElDorado」を退団。その3週間前に初参戦したばかりの、NOAHでの戦いに専心すると言い出した。「ElDorado」の試合日程はタイトなものでなく、他団体との掛け持ちで参戦している選手も多かったため、「なぜ、そうしないのか?」と疑義が呈されもした。まして石森はこの時、NOAHへの長期的な参戦が決まっていたわけでもなかった。「ElDorado」からは円満退社だったが、所属の近藤修二からは、こんな風に言われた。「アイツは、ウルティモ・ドラゴンの失敗作」。だが、石森にも理由があった。NOAHへの初参戦試合となったKENTA戦(2006年4月23日)で、ある衝撃を受けていたのだ。自らのフィニッシャーかつ、見せ場でもある、スーパースター・エルボーを、1度目は背後からのラリアットで返され、2度目は炸裂直前で反転され難なくかわされたのだった。同試合直後のコメントは、「今までやって来たプロレスとは、全然違ってた……」そして、「ElDorado」退団及び、NOAH参戦一本に絞る際は、こんな風に語った。「今まで通り、両方で試合をしてたら、とてもNOAHのプロレスにはついていけない。実際上がってみて、それがわかったんです」……

2013年1月のGHCジュニア戴冠以降、2014年1月まで防衛。


 以降、NOAHを主戦場にし、2008年1月よりは正式所属選手として戦って来た石森。NOAHジュニアの顔として日々奮戦したが、中でも特筆すべきは、2013年から2014年にかけて、GHCジュニアヘビー級王座の最多連続防衛記録を達成したことだろう(10度)。その闘いの軌跡自体に、石森の成長を見ることが出来る。

 高岩竜一との一戦では、ラリアットの相打ちに打ち勝ち、勝利。「小さいのに、パワーが凄い。あれは強いチャンピオン」と舌を巻かせた(※石森は無類の筋トレ好きである)。平柳との防衛戦では、負傷した右肩をテーピングして臨んだが、途中で雄叫びをあげながらそれを外し、右腕でラリアット!王者としての矜持を見せた。10度目の防衛戦の相手となり敗れた、闘龍門の遠い後輩となる大原はじめは、「普通にやっても勝てない。あそこまで完璧なチャンピオンはいない」と脱帽。そして記録の端緒となる、石森が同王座を奪取した時の相手には、「俺の知ってる石森じゃないな。強くなってる」と言わしめた。近藤修二であった。

 事実、2008年3月20日、NOAH所属選手として、闘龍門の後続団体「DRAGON GATE」に上がり、GHCジュニアタッグ王座をKENTAと奪回した際(vsB×Bハルク、鷹木信悟組)、石森はこう語っている。

「(相手は)自分の後輩とは思えないほど強かった。『もし同期だったら……』って思っちゃいましたよ。『NOAHでの上積みがあったから勝てた?』そうですね」

 だが、それは、ことリング内だけの意味ではなかったのだ。

「ノアには思い出がありますんで、ご縁がありましたら、その時はまたよろしくお願いします」(石森・3月12日)


「NOAHに入るまでは、ずっとバイトしてたんです」石森がそんな告白をしたのは、NOAH所属になり、上記のようにGHCジュニアタッグ王座も奪取してから、ようやく半年経った頃だった。「知り合いの会社でした。Dragondoor時代もElDorado時代も……。スーパースターなんて言われて、後楽園ホールでメインをやってる男が、かたやバイトをしてる。これ、何なんだろう?って」胸に根付く釈然としない思いを払拭したのが、NOAHでの戦いだった。「リアルな言い方をすれば、プロレス一本で食っていけるようになったんですね。ようやく、プロレスラーとして、プライドを持てるようになったんです」

 だが、石森は、そのアルバイト兼業時代も、決してマイナスには捉えていない。「お金を稼ぐって、大変なことなんだって。その中から、お客さんはプロレスを選んで観に来てくれている。だから、こっちは金額以上の夢や希望を見せなきゃいけないんだって」。その鍛え上げられた肉体含め、不断の努力の背景には、そんな思いがあったのだ。

 今後はフリーとして活動する石森は、NOAH退団にあたり、次のように語っている。

「今の自分のファイトスタイルであと何年プロレスが続けられるかと考えたら、残り10年もできないと思います。そういうことを考えたうえで、最近では海外遠征なども経験させていただき、より外の世界に興味を持ちました」

 既に同じく海外で活躍するKENTAからは、「太二の人生だから、悩んで出した答えなら俺は尊重する」との言葉をもらっている石森。プロのレスラーとして文字通り一本立ちする石森が、これからは世界の観客に応えるファイトを披露するのを、願ってやまない。 

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • またノアのリングでリアルスーパースターとして再び躍動するのを楽しみに待ってるよ。

    ID:653816 [通報]
    (2018/3/31 20:44)
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  • また新日本の引き抜きかな?

    そりゃ石森にとっては給料上がるのはうれしいけど、ノアにとっては大きな戦力ダウン。

    また弱小団体からトップレスラー引き抜くのやめろよな悪徳団体新日本!

    ID:6839649 [通報]
    (2018/4/2 19:56)
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  • せっかくギャラがバイトしなくて済むように
    ノアで入った当時は喜んだ石森だが
    またバイトしなきゃ食っていけないギャラになりノアを退団することになりました。(爆笑)

    ID:46289 [通報]
    (2018/4/11 19:43)
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