2018/2/17 12:23

43年間、負けなしの王者って?! プランぶち壊しの天コジ対決?! オカダIWGP「V10」達成!プロレス・タイトル、連続防衛記録特集!

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43年間、負けなしの王者って?! プランぶち壊しの天コジ対決?! オカダIWGP「V10」達成!プロレス・タイトル、連続防衛記録特集!
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2016年6月、内藤から奪取後、負けなし


 さる2月10日、SANADAを破り、IWGPヘビー級王座10度目の防衛に成功したオカダ・カズチカ。その数字に注目が集まった。次回防衛すれば、同王座の連続防衛記録、11度を持つ、棚橋弘至のレコードに並ぶのだ。「それはついで」と言うオカダだが、足掛け1年8か月、奪取より歴戦の辛苦を乗り越えて来た数字だけに、いやがおうにも期待がかかる。今回はそんな、タイトルの連続防衛記録に、スポットをあてたい。

力道山はインターナショナル王座を、連続20度防衛


 そもそも昭和期のプロレスにおいては、数年に渡り同じ選手が王座に君臨することも珍しくなかった。これは、平成期において選手同士の力がきっ抗、言い換えれば団体自体が複数エース体制を取ることになったことと無縁ではないだろう。

 その最長記録が、ジャイアント馬場のPWF王座の連続防衛記録。1973年3月の初代王者就任から、1978年6月に陥落するまで、なんと5年5か月間保持。連続38回の防衛に成功している。奪取を許した相手は、初対決となったキラー・トーア・カマタ。カマタの悪辣ファイトに業を煮やした馬場がレフェリーに対して暴走し、逆に反則負けでゴングを鳴らされるという結果だったが、ゴングの瞬間、解説席は、「……没収試合ですかね?」とコメント。カマタが余りにも意外な伏兵だったため、まさか馬場の負けであるとは思わなかったのだ。それゆえ、以降、馬場は「初物に弱い」などと風評を立てられる破目にも。この陥落自体が大事件だったのである。ただ、当時の馬場は極度の腰痛に悩まされており、実はこの前に防衛戦をおこなったのが約7か月前。規定では、王者は半年内に最低一度の防衛戦が義務付けられており、カマタ戦はその規定をオーバーし、文字通り重い腰を上げての一戦だった。カマタでなくとも、遠からずベルトは失っていたかも知れない。

 もう一方の雄、アントニオ猪木は、自身の代名詞、NWF王座を、75年6月から80年2月まで約4年8ヶ月間守り続けた。連続防衛回数は27。陥落を許した相手は強敵、スタン・ハンセンで、そのフィニッシュも、エプロンに立った猪木に、リング内からロープに沿って走り込んでのウェスタン・ラリアットと、説得力も十分だった。とはいえ、猪木も、以降、「闘魂の落日は、この時から始まった」と言われることに……。やはりこちらも、歴史に残る大事件であったのだ。

 この2人より凄いのがミル・マスカラス。IWA世界ヘビー級王座を、1975年に初代王者に認定されて以来、43年間保持。さらに、ALLL王座というベルトもマスカラスは保持しており、こちらは1976年より42年間持ち続けている。つまり……負けてないのだ!日本ではNOSAWA論外が2013年、ALLL王座に、2016年にはIWA世界王座に挑戦(もちろん両方敗退)。なお、この2つの防衛戦は、試合数日前に論外が打診したところ、あっさりと決まったとか。両ベルトはマスカラスのアクセサリーのようなものと捉えるのが妥当かも知れない。

 因みに、KENSO選手に以前、「メキシコで、マスカラスの復帰戦の相手されたんですよね。凄いですね!」と水を向けたところ、返って来た答えは、「彼は自分の試合の始まる数分前に会場入りする人ですからね。常に出たとこ勝負で大変なんですよ……」とのことであった。渋い表情であった……。

イギリス散策時も、ベルトを持ち歩いた杉浦


 現在可動している、日本の3大メジャーシングル王座について見ていこう。NOAHのGHCヘビー級王座の最多連続防衛記録は、杉浦の保持する14回。それ以前は小橋の保持する13回だったので、これを更新したことになる。王者期は、出来るだけベルトを持ち歩き、常にサインに「GHCヘビー級王者」と付記していた杉浦だが、「これだけ長い間持ってると、王座から落ちても『GHCヘビー級王者』と癖で書いちゃいそう(笑)」という冗談も。ただ、V12から14までの3戦は、全て2011年5月のイギリス遠征、それも3連戦で実現したもので、当時、日本では、この更新劇に対し疑義が呈されたのも事実である。だが、誰よりも杉浦自身がそれをわかっており、「日本のファンの前で見せなきゃ、ピンと来ないでしょ?」とあっさり。加えてこの時、訴えていたのが、「NOAH内の日本人選手からの挑戦表明」。同年の防衛ロードが、バイソン・スミス、ジャイアント・バーナード、トレバー・マードック、鈴木みのると、外人とNOAH以外の日本人選手であったことに、危機感を抱いたのだった。結局、帰国してからの防衛戦で潮崎に奪取を許したが、敗れた杉浦が自ら握手を求め、潮崎の手を挙げたのが印象的だった。なお、14回目の防衛戦となったクラウディオ・カスタニョーリ(現WWE・セザーロ)戦は大死闘となり、イギリスにも関わらず、観客から、「NOAH!NOAH!」というコールが。試合後、嬉しそうにビールを流し込む杉浦。その数はジャスト、14杯だった。

 三冠統一ヘビー級王座の連続防衛記録は、川田利明の保持する10回。注目すべきはその挑戦者の顔ぶれで、初防衛戦でドン・フライを相手にしたかと思えば、ハッスルのリングで、ミック・フォーリー(カスタス・ジャック)を相手に防衛戦も(2004年5月8日)。ことさら幅の広い選手たちを相手に王者として防衛記録を更新したことは、川田自身の選手としてのキャパシティをも物語るものであり、特筆に値しよう。

 この川田から2005年2月16日、王座を奪取したのが小島聡。小島はこの4日後には王者として天山広吉とのIWGP、三冠の、史上初の統一戦に出陣。結果はフルタイム直前の59分49秒、天山が脱水症状を起こし、小島のKO勝ち。現在までで唯一の、両王座の統一王者になっている。先日、執筆した書籍にも書かせて頂いたが、この試合後、新日本サイドとしては、天山と小島にタッグを組ませ、中邑&棚橋と抗争させるプランがあったことを関係者が明言している。まさかの至宝(IWGP)流出でそれどころではなくなったわけで、この辺りの歴史のあやは興味深い。また、統一戦が行われることは、川田が王者だった時期に既に決まっており、もし同一戦が、「川田vs天山」だったらどうなっていたか、想像するのもまた、プロレスの醍醐味だろう。

連続防衛記録更新に、エアギターを2回披露した棚橋(2012年1月4日)


 そしてIWGPである。現在の連続防衛記録となる11度目の防衛を棚橋が果たしたのは2012年1月4日の東京ドーム。相手は鈴木みのるだった。直後に挑戦表明したのが、この日、凱旋試合をおこなったオカダだった。そしてこの1ヶ月後、オカダがIWGP王座を奪取。そう、棚橋の記録を止めたのは、オカダだったのだ。

 件の東京ドームでは取材に入っていたが、今思い返すと、隔世の感がある。先ず、試合後、棚橋の眼前に現れたオカダに「帰れ」コールとブーイングが。棚橋を挑発し、挑戦表明するオカダの口調も、どこか堅い。正直に言えば、ロボットのように「言わされてる感」があった。ただ、1箇所だけオッと思ったのが、この後、報道陣の問いに答えた場面。鉄面皮のまま、淡々と教科書のような返答をしていたオカダが、「ブーイングは聞こえたか?」の問の時、こう答えたのだ。「“ガッツリ”聞こえました。いいんじゃないですか」感情を出したが、怒りではなく、むしろ愉快そうな口調だったのが印象に残っている。(意外と、肝の据わったタイプかも)という心象があった。

 棚橋は、みのるに勝利し、連続防衛記録を更新した試合後、こう答えている。

「人間、力が出るのは、誰かのために何かをしたい時。俺は新日本を愛しているから守りたい。だから力が出ました」

 あれから6年経つ。オカダの発言も、新日本全体を見越したものに完全に変わってきた。V10の相手の中に棚橋はおらず、こちらの一戦に期待もかかる。力を増したオカダの記録更新に、注目したい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

コメント

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  • 過去に連続防衛記録を持ってた棚橋とか永田以上に功績を残したかと言われるとなんとも言えないが

    オカダなら防衛記録を更新しても文句は無いなぁ
    あと20年は現役でやってくれそうだし

    ID:6202697 [通報]
    (2018/2/17 20:35)
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  • 功績はたぶん無理だけど、記録なら残せるかもね。

    ID:6511378 [通報]
    (2018/2/18 9:46)
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  • オカダさんがよくただ自分の前に立つだけで挑戦できるほど格が低いベルトじゃないみたいなこと言ってるけどオカダさんも棚橋の前に立つだけで挑戦できたベルトだよね

    ID:6166812 [通報]
    (2018/2/27 23:07)
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  • 棚橋の場合は前チャンピオンの武藤から受け継いだことに意味がある気がするんだよね。
    武藤に2回も負けた中邑には可哀想だけど

    ID:6166812 [通報]
    (2018/2/27 23:10)
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  • 棚橋はどのような批判を受け続けても「自分が新日本を変えて見せる、自分がこのベルトを輝かせていく」と言い続けたからこそ、ファンからの支持を得られた。
    言い続けること、発信し続けることが大事、と自分に言い聞かせながら日本各地を飛び回って宣伝広報活動し続け、試合内容を批判されてもファンを否定することなく棚橋弘至であり続けた。

    結局王者に大事なのはそういう部分なのかなと、「あなた方には理解出来されなくとも自分は構わない」というオカダのスタイルは嫌いでは無いですが…。
    新たな防衛記録を作れたとしても、このままではそれが単なる会社のゴリ推しの結果と難癖付けられてしまいそうで…。

    ID:827514 [通報]
    (2018/2/28 0:55)
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