2017/9/18 11:43

えっ!?プロレスの試合で、視聴率100%を達成!? 猪木の、安倍政権に対する見解!「アントニオ猪木と訪朝の歴史」

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えっ!?プロレスの試合で、視聴率100%を達成!? 猪木の、安倍政権に対する見解!「アントニオ猪木と訪朝の歴史」
3.5

「INOKI ISM.2 猪木劇場」として10月21日に生前葬!


 またそぞろ、猪木の周辺が賑やかになって来た。今年前半の、IGFのお家騒動から始まり、来たる10月21日には、自らの生前葬を両国国技館で開催することが発表されたばかり。だが、世間的にもっともクローズアップされたのは、その北朝鮮への渡航行動であろう。過去最大級の緊張状態にある同国に、既に32回も訪れている猪木。現地での知名度は、現在のわが国の総理大臣とは比較にならず、国賓として迎えられるのはもちろん、移動はパトカーが先導(14年)。一時期話題になった、同国の美女軍団(約150名によるバトントワリング等)の歓待を、イベントではなく、個人で受けることもあった(04年)。

 一体、猪木はなぜ、同国でかような力点を置かれる人物になったのか。今回の当欄は、その訪朝の歴史を振り返り、その功績と、猪木自身の真意を見出してみたい。

フレアーが、モハメド・アリとの記念撮影をねだる姿も。


 猪木が北朝鮮に興味を持ったのは、そもそも1993年、師匠の力道山が同国出身だという話を聞いてから。それをきっかけに、「そちらの国にいる力道山の遺児に、遺品を渡したい」というと、あっさりと入国許可が出たという(1994年9月)。因みに、この時、猪木が持参したのが、力道山が愛用していたゴルフクラブ。力道山とは無二の親友だった元・中日ドラゴンズ選手、森徹氏から譲り受けたもので、超高級オーダーメイド仕様として知られるケネス・スミス製だった。力道山の遺児である娘は、生前の父の記憶がなく、猪木の手を握り、父がどういう人物だったか聞かせて欲しいと泣いて懇願したという。この最初の訪朝の際、「それではプロレスを見せましょうか?」と国の要人に言うと、あとはトントン拍子。(とはいえ、費用は全て当時の新日本プロレスがまかなったのだが。)1995年4月、今でも語り草になっている、北朝鮮でのプロレス興行へと、あいなったのである。

 プロレスの試合は4月28、29日の2日間行われ、初日のメインは、橋本真也vsスコット・ノートン、2日目が猪木vsリック・フレアー。メーデー・スタジアムに2日で計38万人の観客を集め、猪木の試合は、驚くなかれ、なんと瞬間最高で100%に近い視聴率を叩き出したのだという。もっともこれには理由があり、この日の試合は国家をあげての措置として、テレビの全局が生中継。テレビでは猪木の試合しか映っていなかったのである。猪木自身が、「北朝鮮では、私を知らない人はいない」というのも十分頷ける。これにより、猪木は今でも同国の国民に伝説の人物として記憶されているわけだ。なお、次にウケが良かったのが、ブル中野vs北斗晶。同国では、武道面でも、女性同士が闘うという文化がないため、たいそうな驚きを持って迎えられたようだ。

 猪木への丁重な扱いの背景はもう一つ。フレアーとの試合を会場で生観戦した金正日総書記は、こう語ったという。「日本のプロレスは凄いなあ。あれは素人には決して真似の出来ない技だ。本当に楽しかった」。猪木への重用の理由は、この時の総書記の高評価にもあるのだった。これは、かつて同総書記の料理人を務めていた日本人、F氏の述懐である。

2014年8月、「インターナショナル・プロレスリング・フェスティバルin平壌」も実現。


 以降、毎年のように、北朝鮮側から招待されるようになった猪木。1999年には、故金成死去5周年のセレモニーに出席。2004年には、同国で行われた「第1回国際武道大会」にゲスト参加。競技によっては、参加者が2人しかいなかったり(表彰台は3人用だったのだが)、交歓会で猪木が綱引きに参加して引っ張ると、綱が切れてしまうというとんでもなさだった。なお、結果は北朝鮮が金メダル42、銀メダル19、銅メダル11で総合優勝した。

 2009年には、北朝鮮建国記念式典に出席。2012年には金日成主席生誕100周年記念行事に、日本人としては唯一参加。2013年には、自身が理事長を務めるNPO法人「スポーツ平和交流協会」の平壌事務所を設立。2014年には、念願だった19年ぶりのプロレス大会を開催。プロモーションの一環として行われた、ボブ・サップとジェロム・レ・バンナが、同国の市街地でバスを引っ張るという、昔ながらのイベントに、大観衆が集結。初日のメインは、19年前の初日のメインを務めた橋本真也の息子、大地が務め、その関係がアナウンスされると、会場も大盛り上がり。「60分1本勝負」の告知には、驚きの声が。どうやら「60分も戦う可能性があるのか」という反応だったようだ。

 大会は大成功。「包丁(訪朝)がなきゃ、(日朝関係を)上手く料理出来ないでしょ?」渡航前、猪木が言っていたダジャレが、ふいに思い出された。

北朝鮮への、プロレス大会ツアー代金は、1人26万円(3泊4日)。


 猪木自身、同国の本当のトップと胸襟を開くまでには至っておらず、何度も招待や、話し合いの場も持ちながら成果が出ない現状に、「子供の使いじゃないんだから」という、忸怩たる気持ちがあるようだ。その訪朝を批判する国会議員もあるが、元外交官の佐藤優氏を始め、その行動力を極めて高く評価する勢力がいるのも事実だ。特に近年、マスコミに多くなって来ている。なにせ先述の2014年のプロレス大会に、選手は21名、ツアー客は約60名の参加に対し、報道関係者は150人以上。NHKもCNNも、各民放テレビ局も全国紙も入っていた。猪木を媒介にしなければ、かの国の実情が知れないのも、また一つの事実なのだ。実際、9月15日の朝、また同国からのミサイルが発射されたが、直後にテレビからの生電話インタビューに答え、実情の解説をも兼ねていたのは、先日、猪木とともに訪朝した某大学の教授であった。

 猪木は2011年、当時、自民党の議員だった安倍晋三に、こう言ったことがあるという。「拉致問題については、制裁でなく、対話もあってしかるべきでは?」安倍の答えは、「仰る通りだけれども、現在、私は野党の一議員で、政府の方針にどうすることも出来ない」(当時は民主党政権)というものだった。総理に返り咲いての、猪木の見解はこうである。「(拉致被害者の)成果がなければ内閣支持率が下がると考えているのかもしれない。(中略)常識で考えてみてください。両国の対話がない状況で、北朝鮮側から『拉致した人たちをお返しします』なんて言って来ることはありえません」(「プレジデント」2014年3月3日号より)

 予断を許さない両国の状況。今は推移を見守りたい。

この記事を書いたライター: 瑞 佐富郎

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