2016/4/1 10:28

【新日本を守った男達】迷走の果て。開き 直った中西学の見せた夢

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【新日本を守った男達】迷走の果て。開き 直った中西学の見せた夢
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1999年後半から2001年に長州力が現場監督と しての実権を失うまでの間、新日本プロレスが最も売り出したかったであろうプロレスラー、中西学。1999年にG1 CLIMAXで初優勝。2000年のG1 CLIMAXでも一日に3試合を強行、決勝の相手だった佐々木健介を限界まで追い詰めて準優勝という輝かしい実績を引っさげており、永田裕志、天山広吉、小島聡と4人で第3世代と呼ばれていた中で、最もIWGPヘビー級のベルトに近いと思われていた。

また、1999年から続いた蝶野正洋率いるT2000と武藤敬司のnWo JAPANの黒い抗争も2000年初頭に終結。T2000と永田裕志、中西学が中核を担ったユ ニットG-EGGSの抗争がシリーズの主軸となっいたこともあって、常に話題の中心に上がっていた時期でもあった。必殺技のアルゼンチンバックブリーカー、スピアー、ラリアット、逆手平チョップ。リングで繰り出す技は少なくても、鍛え上げられた筋肉と常識外れな怪力、大きな肉体に不釣合いな俊敏性があり、パワー系のプロレスラーに必要な要素は全て備えているように思えた。もし、当時の新日本プロレスにWWEのような選手のキャラクターを考案する人物がいたら、中西学のキャラクターを変えることは無かったと思う。それだけ中西学の野人キャラクターは一定の完成度を誇っていた。

だが、2001年に入るとその勢いは目に見えて失速していった。以降、中西学は短期間でギミックチェンジを繰り返すようになる。野人キャラ脱却を狙って関西弁を封印し、インテリキャラに。カール・ゴッチに弟子入りしてジャーマンスープレックスを必殺技とした時期は、西村修の無我に傾倒した。また、2003年には5月の東京ドーム大会で新日本プロレス発の総合格闘技ルールとなった、アルティメットクラッシュで藤田和之と対戦し、その流れからK-1に参戦。対戦相手のTOAは格闘技経験者とされていたが、実際は中西学と同じくK-1ルール初挑戦であり、1RでKO負けを喫した中西学を擁護する声は聞こえてこなかった。2004年には海賊、ソルジャーというギミックにも挑んでいる。

この間、盟友の永田裕志をはじめとして、天龍源一郎、ウルティモ・ドラゴン、秋山準といった、プロレス界の名だたる頭脳達が中西学再生を 試みた。ある者は戦い、ある者はタッグを組んで。それでも中西学にかつての勢いが戻ることはなかった。

だが2006年、もはや語られることも無くなった新日本プロレスの別ブランド興行、「WRESTLE LAND」で中西学に復活の兆しが見え始める。「WRESTLE LAND」自体は全6回で打ち切られるなど、成功とは言い難かったものの、棚橋弘至がナルシストキャラに開眼、既に稔とリングネームを変えていた田中稔が、別人格キャラの田中として参戦し、コメディー路線への対応を見せる等、所属レスラーの新しいキャラクターを引き出すことに成功している。そんなリングで中西学は「素」に近いキャラクターとなった。現在テレ朝動画で公開されている中西学の冠番組「中西ランド」のタイトルとなっているワードも、「WRESTLE LANDを中西ランドにする」という素っ頓狂なアピールから生まれている。

また、この一年前からはTBSで放送されていた「さんまのSUPERからくりTV」で冠コーナーを獲得。日曜日のプライムタイムで、中西学の魅力は全開となった。

リング上では良い試合が約束されたようなカードは組まれなかった。2000年に見られた野性味溢れる野人らしさが戻ったわけでもなかった。それでも中西学の持つ天性の愛くるしさがファンの間に浸透しつつあった。

そして2009年、プロレスラー中西学にとって、また中西学を追い続けたファンにとって、待望の瞬間が訪れる。同じ年の1.4東京ドーム大会で武藤敬司を破り、名実ともに新日本プロレスのエースとしての道を歩み出していた、棚橋弘至からのIWGPヘビー級ベルトの奪取。新時代のエースからベテランレスラーが奪った大金星。そう思われても仕方が無いほど、中西学はシングルの実績から遠ざかってい た。この時、会場のファンが大歓声を上げていた。プロレスファンのブログにも喜びの記事が溢れた。解説を務めていた故山本小鉄さんが泣いていた。プロレスは面白い、激しい、楽しいだけの娯楽ではない。観た者を幸せにする力がある。中西学がベルトを腰に巻いている姿を見た時程、それを実感した瞬間は無かった。

首の怪我から復帰して以降は動きに精細を欠いていることもあり、海外のプロレスメディアからは辛らつな評価もされている。復帰すること自体が奇跡であったものの、中西学を見てきた時期が長ければ長い程、歯痒さがこみ上げてくると思う。それでも筆者は中西学を信じたい。

平成に入り、プロレスラーから超人というイメージは無くなった。だが、中西学はこれまで幾度も鍛え抜かれた身体一つでプロレスファンの度肝を抜いてきた。力だけなら総合格闘家の中で抜きん出ていたボブ・サップと互角に渡り合い、230cmのジャイアント・シルバを持ち上げ、同じ身長のグレート・カリをジャーマンスープレックスで投げきった。プロレスがもう娯楽としてこの国に根付くため、中西学はプロレス界に、新日本プロレスに必要だ。

この記事を書いたライター: シンタロー

コメント

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  • 昔、自分の地元で行われた大会の時の事。
    自分の後ろに座っていた女性ファン2人が中邑とオカダの後ろ姿を見ながら、「見て、中邑とオカダの背中。堪んないよね、あの2人の背中に敵う人なんていないよね。」と話していた。
    自分は「中西さんの方が上だろ。」と内心突っ込んだ。

    ID:757395 [通報]
    (2016/4/2 21:41)
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  • 10/23に開催された永田の地元、東金大会。
    第三世代VSロスインゴの初対決、
    結果から言えば、第三世代は敗北してしまったが、
    中西学のポテンシャルが垣間見えた試合だった。
    現在飛ぶ鳥を落とす勢いの内藤のフィニッシュといえば
    デスティーノだが、最後中西は一瞬内藤を抱え込んだような
    『デスティーノ返し』を狙ったかに思えた瞬間だった。
    これが出来るのは日本人離れした筋力と体幹を誇る中西だけだと思う。
    まだ中西学は終わっちゃいない!

    ID:2306468 [通報]
    (2016/12/12 9:50)
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  • ヘッドギアをビガロやノートンに剥ぎ取られていたエリートグリーンボーイが、十数年たって小橋と対戦したときの、あの空気の読めなさぶりは半端じゃなかった。
    肉体的ポテンシャルの素晴らしさとは真逆の、プロレス頭の貧弱さが露になった瞬間だった。
    良くも悪くも、あれこそ中西。
    花形スターは似合わない。元エリートで最高の泥臭さを持つ、唯一無二の存在だと思う。

    ID:2972893 [通報]
    (2017/5/1 22:10)
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  • すき

    ID:4229285 [通報]
    (2017/6/22 14:39)
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  • 不器用な男だけど中西は好きなレスラーの1人ですね・・・

    ID:4962091 [通報]
    (2017/9/9 0:41)
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  • 16年末の中西永田戦は良かったなあ
    まあ永田の手柄なんだろうけど
    中西に限らず前座でもっとシングル戦が見たい。
    全然いい役割を貰ってないチェーズやヘビーに転向したバレッタと第三世代のシングル戦が見たいなあ

    ID:5064460 [通報]
    (2017/9/12 20:01)
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